第六話 恋心
散々泣いてエイデスに縋って、気づいたら泣き疲れて眠っていた。
夢の中で、あの最後の記憶の場所にいた。
迫ってきたあの犯人に、助けてと強く念じた瞬間、目の前に現れた真っ白な男性が犯人を蹴り飛ばして、地面に倒して、こちらを振り向いた。
優しく微笑んで手を差し出した姿は、ずっと自分が待っていた人の姿をしていて。
瞼を開けた時、同じベッドの上に座っていたその顔をした人が、自分を見て優しく微笑んだのを見てから、自分はどうもおかしい。
「で、結局侵入者が握っていた情報元はわからずじまいと」
アルフィージが眉を寄せてため息を吐く。
「はい……。かなり厳しく尋問したんですけどね。
両足切断しても言わないってことはこれもうなにも知らないなって」
「まあそこまでやって吐かないなら、なにも知らないでしょうねえ。
それほど忠誠心の高い部下をこんな使い捨てにするはずがないし」
ネイとアルフィージの会話を執務室で聞きながら、ユミルは些か不思議そうな顔だ。
「エイデス様」
「なんだ?」
「なんか、すっごいえげつない話をしていません?」
「君を害そうとした犯人だから、容赦するなと俺が言ったんだ」
「なるほど」
なんかさらっと両足切断って単語が出て来た、と机のそばに立って言ったユミルに、エイデスは真顔で答える。
「それにこれくらい厳しくしないといけない場所ですもんね。ここは」
「そうだな。コルトゥール領が落ちたら国内に敵国の侵入を許すことになる。
だからなにがあっても落ちてはいけないんだ」
「それはそれとして、アルフィージ様は結構楽しんでいませんか?」
「あいつ美少年みたいな顔してえげつない趣味してるからな」
そこは否定しない、とエイデスは真顔で肯定した。
「そういう側面を王女殿下はご存じなんでしょうか」
「ご心配なく。僕は最初に『僕、結構こういうの好きですよ』と前置きした上で政治トークしましたけど食いついて来ましたので」
「さすが王女殿下。政治は綺麗事じゃ回らないというのを存じていらっしゃる」
ユミルは感心したように頷く。エイデスがなんとも言えない顔をしていた。
「それで、侵入者は結局どうなるんでしょう」
「獣の餌ですね」
「更にえげつない!」
「でもどうしましょうか。エイデス」
さらっと更にえげつないことを一考の余地もなく答えたアルフィージは、顎に手を当てて思案しながらエイデスを見た。
「侵入者がなぜ正式な挙式も挙げていないユミル様のことを知っていて、人質にしようと狙ったのかは、まあ王都に潜入出来ればそこで手に入る情報だとしても。
希少な魔導具を使ってまで事に及んだのが引っかかる……」
「そうだな。それほど俺にとって重要な存在だとわかっていたかのような振る舞いだ」
「王都で情報を得られたとしても、出会ってまだ一ヶ月足らず。
縁談を申し込まれてやむを得ず婚姻を結んだと判断したとしてもおかしくない経緯ですから、そこまで相手が確信している風なのが……」
アルフィージも腑に落ちない様子だ。
「まあ、今はいくら頭をひねってもわからない情報ですから、考えるだけ無駄かもしれませんね。ユミル様の守りを重点的にしておいて、タチアナの敵将を人質に取れたらそこで聞き出せばよろしい」
「ああ、そうしよう」
アルフィージの言葉に頷いて、エイデスは椅子から立ち上がる。
「アルフィージ。ネイ。侵入者はお前たちに任せる」
「エイデス様、どちらに?」
「城の出入り口を、念入りに確認してくるよ。今回の侵入者は、城内の地図にもある程度詳しかったようだから」
そう言って部屋を出ていったエイデスを見送って、ユミルは考え込む。
「どうしました? ユミル様」
「あ、いえ、その、どう、というか」
「はい」
「エイデス様の顔を見ていると、なんだか落ち着かなくて」
正直に答えたユミルに、アルフィージは息を呑む。
「え、そ、それは、ちょっと待ってくださいね!
つまりその、そういうことですか!?」
「どういうことですか?」
「エイデスを見ているとどっきりどんどんになりますか?」
「別に不思議な力は湧かないですが」
焦ったあまり変な発言をしたアルフィージにユミルも変な返答をする。
「あ、いえ、そういうことではなくてですね、その」
「まあ、力は湧いて来そうなんですけども。
なにか、してあげたくなって、触れたくて、仕方ない、ような」
「そうですか!」
考えながら答えたユミルに、アルフィージは満面の笑顔になった。
「あ、アルフィージ様」
不意にネイがくいくい、とアルフィージの袖を引っ張った。
「もしかして、ユミル様とエイデス様って、エイデス様の一方通行だったり?」
「エイデスが一方的に惚れ込んで娶ってきたという経緯から察してください」
「じゃあ、今回なにかがあってその双方に矢印が向いたりしちゃったり?」
「向いたりしちゃったりするかもしれない兆候です」
「それはめでたい」
ユミルから少し距離を取ってひそひそ会話をしたあと、アルフィージは屈めていた身体を起こしてユミルを振り返る。
「ユミル様」
にっこり笑顔で、これは善行だとばかりに言葉にした。
「エイデスは多分見回りをしたら最後は最上階の鐘楼に行くと思うので、先回りしてあげてください。
それで、こう言ってみてください」
ユミルに身を寄せたアルフィージが、そっと耳打ちする。
「なるほど」
ユミルはきらり、と瞳を輝かせて頷いた。
見回りを済ませた後、最上階の鐘楼に向かう階段を上りながらエイデスは考えた。
抜け穴などは城内になかった。やはりあの侵入者は城内の地図を頭に叩き込んでいたようだ。
だが、問題はどこから漏れた情報か、だ。
コルトゥール城の城内の地図など、それこそ城で働く使用人かコルトゥール騎士団の人間しか知らない。
王家の人間すら知らない情報を、なぜタチアナの兵が知っていた?
そう悩みながら最上階に到着した瞬間に抱きつかれて、びっくりした声を上げてしまう。
「うわ」
そのまま思わず突き放そうとして、身体に抱きついたのがユミルだと気づく。
「す、すまない。まさか君だと思わず。と、というか、なぜ」
反射的に掴んだ肩に手を当てたまま、うわずった声を絞り出す。
「アルフィージ様に言われて」
「あいつは」
「というか、私もそうしたかったからなんですが」
「え」
思ってもみないことを言われて、呼吸が一瞬止まった。
「エイデス様。
あの、エイデス様は、私のことが好きなんですよね?」
「あ、ああ。そうだ。好きだ」
頬が熱くなる。心臓がうるさく脈打っている。
「こんな、年上の男に好かれて君も嫌かもしれないが、俺は本当に、……君を愛している」
「私、今まではただエイデス様の誠実さに惹かれて、王都から離れられるのも都合が良いくらいの気持ちだった、と思うんですけど」
「あ、ああ、わかっている。すぐに俺を好きになってくれなくて構わないし、俺は君が俺を好きになってくれるまで、君に無理強いは」
「しゃがんでもらえますか?」
急にそんなことを言われて、エイデスは目を瞬いた。
「え?」
「しゃがんで欲しいんです」
「あ、…ああ、わかった」
意味はわからないが。もしかしたらアルフィージからなにか吹き込まれたのかもしれない。
言われた通りにしゃがんだエイデスにユミルは更に、
「目を閉じてもらえますか?」
と言った。
「ああ……」
そっと目を伏せる。
心臓がうるさく脈打つ。ああ、くそ。こんなドキドキするな。ガキじゃあるまいし。
だけど、緊張して意識してなにが悪いと思う自分がいる。
だって、初恋なんだ。こんな年で、なにをと思うが。
ずっとコルトゥール領のために生きて来た自分に訪れた、初めての。
不意に、唇に柔らかな感触が触れた。
思わず瞼を開けると、ユミルの顔が間近にあった。
じゃ、じゃあ、今唇に触れたのは。
「ゆ、ユミル……?」
うわずった声で名を呼んだエイデスを見つめて、ユミルはかすかに上気した頬で告げる。
「私、エイデス様が好きなのかもしれません」




