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第四話 コルトゥールの矛

 隣国タチアナとの国境。

 そこに馬にまたがったコルトゥール騎士団の騎士たちが並んでいる。

「にしても、随分と立ち直りが早い。

 この前攻め込んできた時に甚大な被害を出してやったはずだがな」

「そうなんですよね。そこだけが引っかかる……」

 忌々しげに呟いたエイデスに、アルフィージが巨大な槍を片手に持ったまま思案する。

「カロン! なにかわかりましたか!?」

 まだアルフィージたちの目で視認出来る範囲には、敵国の軍勢はない。

 視力の優れたカロンを呼んだアルフィージに、国境の向こうを目をこらして見据えていたカロンが、

「あー………………」

 と苦々しい響きの声を漏らす。

「どうしました!?」

「立ち直りが早い理由、わかりました!

 敵軍のほとんどが魔物です!」

 下手な双眼鏡などよりよほど優れた視力を持つカロンがエイデスたちを振り返って大声で答える。

「魔導具を持った敵将数十名以外、全部魔物!」

 その声に、騎士たちにどよめきが広がった。

「なるほど。魔物を操る魔導具か」

「それなら兵の被害は最小で済みますね。

 こざかしい奴らです」

「全くだ。だが、魔導具を奪うか壊せばいいのだから、人間相手よりわかりやすくていい。

 だろう? アルフィージ」

 含みのある視線を向けてきたエイデスに、アルフィージは口角をつり上げた。

「……確かにそうですね」

 国境の向こうは丘になっている。そこからこちらに向かってくる魔物の姿が見え始めた。

 だがそれだけの距離があるなら、そのほうが良い。

「じゃあ、お前の察した通りの陣形で行くぞ。

 騎士団全員に告ぐ! 国境ぎりぎりで粘れ!

 攻撃は俺とアルフィージのみで行う!」

「「了解!」」

 エイデスの号令に、騎士団総員が答えた。

「行け!」

 アルフィージが馬の腹を蹴って、手綱を引く。

 馬が一気に加速して走り出した。

 アルフィージが駆る軍馬は一級品の馬だ。足の速さは騎士団一。

 一気に魔物の大軍の中に突っ込むが、襲いかかる魔物をアルフィージは紙切れのように槍を振るって切り落としていく。

 遙か向こうで待機している敵将と十数名の軍勢の視界には、まだアルフィージの姿は見えない。だが魔物たちと誰かが交戦しているのはわかったようで、敵将が愉快そうに笑った。

「敵軍はどうした? 魔物の群れと知らず突っ込んで来て食われたか?」

「い、いえ」

 双眼鏡を構えた部下が、自分の目で確認したものが信じられないように擦れた声を漏らす。

「コルトゥール軍、敵単騎のみ!

 ほかは全員国境で待機しております!」

「な、」

 敵将とほかの敵兵たちが息を呑んだ。

 その間にもアルフィージの駆る馬は速度を上げ、敵陣地の奥へと入り込んでくる。

 身の丈ほどの巨大な槍を振るい、遅いかかる魔物を斬り裂いていくと、手綱を握って距離を測った。

 合図はカロンが出す。こちらはタイミングを合わせるだけ。

「距離、残り千二百! 副団長、構えてください!」

 カロンの声が遠くから響いた。

「よし」

 アルフィージは小さく頷いてそばを飛行する魔物を切り落とすと、手綱を引いて馬の身体の上に立ち上がる。

 速度を落とさずトップスピードで駆ける馬の胴体の上に立ったまま、槍を構えた。

「距離千! 撃て!」

「アルフィージ、避けろよ!」

「わかってます、よ!」

 エイデスの声に答えて、踏ん張ると槍を思い切り斜め上に投げる。

 同時に馬の頭を軽く押して頭を下げさせると、一気に胴体を蹴って高く跳躍した。

 エイデスが鎌を全力で一閃する。

 その斬撃が強力な風圧となり、国境の向こうで群がる魔物たちの胴体を真っ二つに両断していく。当然その風圧の一撃はアルフィージの身体が先ほどまであった位置を通り過ぎた。走り続ける馬も頭を下げていたため無傷だ。

 敵将が息を呑んだ瞬間、頭上から降ってきた巨大な槍が敵将の胴体を貫き、抱えていた魔導具を破壊した。

「な、ぁ……!?」

「に、逃げろ! 魔導具が破壊された!」

 槍に串刺しになった敵将が絶命する。敵兵が焦って声をあげた。

 エイデスの攻撃で倒し切れなかった魔物が敵兵たちに襲いかかってくる。

 とん、と馬の上に着地したアルフィージが手綱を掴むと、敵軍の群れに突っ込んだ。

 振り上げられた剣の柄を蹴りで吹っ飛ばすと、それをキャッチして持ち直す。

「はい、借りますよ」

「副団長だ! 副団長だけでも……っ!」

「そう甘くないですよ」

 一撃でまとめて二人を仕留めると、地面に突き刺さっていた槍を掴み持ち上げた。

「たかが数十人なら、僕一人で充分です」

 魔物はほとんどエイデスの攻撃で滅んでいる。あとわずか数十名の兵士なら、アルフィージの敵ではない。




「わあ」

 その頃、城内の一室にある離れた場所の映像を映す鏡の形をした魔導具の前で、ユミルは擦れた声を漏らした。

 鏡にはエイデスと、アルフィージの姿が交互に映る。

「想像以上にエイデス様もアルフィージ様もえげつない強さ。

 もしかして騎士団の皆さん、こんな感じなのかも」

「あの人たちと一緒にしないでください。

 あの二人は戦闘特化の蛮族ですよ」

 そう苦笑いでコメントしたのはユミルの護衛として城内に残ったネイだ。

「でも、魔物を操る魔導具なんてあるんですね」

「それに関しては閣下も驚いたと思います。我が国では聞いたことがないですから」

「魔導具の種類って、国によって異なるものですか?」

 ユミルも多少魔導具の知識はあるが、前世を思い出した影響で魔導具の知識が前世のゲームや漫画のものと混ざってしまい、記憶が曖昧になっている。

「そうですね。王国によって所持している魔導具は異なりますから、それは国によって効果も千差万別でしょう。

 ある意味、エイデス様の鎌も魔導具と言えなくもないですから。

 重力制御の魔術がかかっているから重さは自在だし、さっきみたいに重力を載せて一閃させると風圧+重力ですごい威力に」

「確かに」

 この世界で、魔術というものは絶えてしまった力だ。

 今現在、魔術を行使出来る人間は存在しない。

 魔術は数世代前に、先人が魔導具などの形で残したものを使ってしか行使出来ないものとなっている。

 それ故、どの国がどれほどの効果を持つ魔導具を所持しているのか、他国からはわからないのだ。自国の手札を明かす国はまず存在しないのだから。

 エイデスの鎌も、ある意味魔導具に近しい。先人が魔術をかけたものに代わりはないからだ。

「ところで、アルフィージ様の槍はなんかの魔導具だなんてことは」

「ないです」

「ないですか」

「全くなんの変哲もないでかいだけの槍です」

 そう答えながらネイは「心底解せない」という顔をしている。

「そんなものを猛スピードで走る馬の胴体の上に載って正確に敵将を狙ってぶん投げられるものです?」

「アルフィージ様だから、としか……」

「うーん、これは確かに蛮族……。

 エイデス様も、重力制御の魔術も+とはいえ、風圧で魔物ずたずたにしてるとこも大概だしなあ」

 ネイは本当に解せないという顔で視線を逸らす。

 ユミルの感想を聞いて「あれやっぱり普通じゃないんだ」と騎士団の非常識を実感しているところである。

「これに比べると、私はただ空手合気道柔道黒帯なだけの普通の少女……。

 うん、並」

「からて?」

「いえこっちの話です。

 というか、ネイさんだけこっちに残ってもらってよかったんでしょうか?

 耳の良いネイさんがいればもっと楽だったのでは」

「エイデス様が、今回は敵の攻撃が早すぎて心配だから、と命じられたので。

 奥方様はお気になさらず」

「はあ」

 ユミルがいいんだろうか、と曖昧に頷いたとき、鏡の中で勝敗が決した。

「あ、ほら、全部片付いたみたいですよ」

「あ、本当ですね」

 鏡の中、既に敵兵は一人も立っておらず、魔物も全て退治されたようだ。

「この分ならすぐ戻ってこられますよ。負傷者もいませんし」

「そうですね。皆さん無事で安心しました」

「じゃあ、…………」

「ネイさん?」

 表情を一度緩ませたネイが、すぐに引き締めて視線を扉のほうに向ける。

「奥様は部屋の中にいてくださいね」

 ネイはそう小声で言って、剣を腰から引き抜くと警戒しながら部屋の外に出た。

 だがすぐに人が倒れる音がして、なのにネイは戻ってこない。

「ネイさん……?」

 いやでも、部屋の中にいてって言っていたし。

「奥様」

 外から、自分を呼ぶ声がする。それはネイの声ではない。

 おそるおそる、部屋の扉を開けた。

 そこに意識を失ったネイの身体を抱えて剣を握った、一人の男の姿がある。

「ネイさん!」

「こちらに来てください。あなたさえ来れば、この方は殺しません」

 その言葉にフラッシュバックする記憶。真っ赤に染まる視界の中で、響く声。


『ユミル。俺がいない間、この短剣を肌身離さず持っていてくれ』


 ユミルは震える足で男のほうに歩いて行く。

「そうですよ。そのまま近くに」

 男の口角が上がった瞬間、ユミルが床を蹴った。

 ネイの身体が床に落ちる。

 懐から取り出した短剣を、男の胸に突き刺した。

 無防備な女だと思っていたからこその無警戒だったのだろう。

 男は抵抗の余地なく心臓を刺され、地面に倒れる。

「嘘つき」

 血の飛び散った頬で、温度のない声を吐き出す。

「そんなこと言って、どうせ全員殺す気なのに」

 あふれたのは、封じ込めたはずの、最後の記憶。


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