第十話 エイデスを救え
「申し訳ありません」
一旦、コルトゥール城に帰還した騎士団を出迎えたユミルに、アルフィージが深々と頭を下げて謝罪した。
「僕がついていながら、みすみすエイデスを」
「エイデス様は、どこに?」
「おそらく、転移の魔導具を使われて、どこかに転移させられたものと思います。
団長と副団長を飛ばして、指揮官がいなくなった残った兵だけを叩くつもりだったんでしょう。それを察知したエイデスが寸前で突き飛ばしてくれたおかげで、僕は免れましたが……」
「敵将の身柄は、確保しましたよね?」
ユミルは崩れそうになる表情を引き締めて、毅然とした態度で尋ねる。
「もちろんです。これから尋問します」
「では、よろしくお願いします。
私は神殿に行って、コルトゥール神にエイデス様の無事をお祈りして参ります」
「はい。なにかわかりましたらすぐ連絡します」
あくまでも弱さを見せようとしないユミルに、アルフィージは痛ましいとも思ったが、そうでなくてはコルトゥール家の妻は務まらないのだ。
あくまで毅然と振る舞うユミルに感謝をして、すぐに背を向けた。
それから数時間が経った。
城の拷問室から出て来たアルフィージは廊下の壁を強く殴る。
「くそっ!」
苛立った様子で声を荒げると、そのまま壁に寄りかかった。
そして自分の前髪をぐしゃぐしゃとかき上げる。
「転移させた場所がわからないだぁ?
ふざけたこと抜かしてんじゃありませんよ!
それどころか魔導具ごと転移させてしまったからどうにもならないとか馬鹿にしてんのか!」
「アルフィージ様、落ち着いて!」
拷問室から出て来たカロンが余裕を失った副団長を宥めようと声を上げる。
「これが落ち着いていられるか!
下手したらエイデスの命が!
……くそ」
落ち着かない様子で、アルフィージは艶やかな髪をかき乱す。
「あのとき、いっそ僕がもっと早くに気づいていたら、せめて、転移させられたのがエイデスじゃなく僕だったらまだどんなにか……!」
「アルフィージ様、そんな」
「そんなことがある!
エイデスには悲しむ人がいるんだ!」
「アルフィージ様にだって悲しむ人がいますよ!」
捨て鉢になったように怒鳴ったアルフィージの肩を掴んで、カロンが叫ぶ。
「ブランシュ姫が、なんにも思わないとお考えで?」
「……っ」
「おれたちだって、悲しみます。
エイデス様でも、アルフィージ様でも、です」
真剣な、思いやるその瞳を受けて、アルフィージは瞠目した。
「……」
そのまま深い息を吐く。
「すみません。取り乱しました」
「いえ、大丈夫です」
どうにか冷静さを取り戻したアルフィージに、カロンはホッとする。
「しかし、嘘を吐いているってことはないでしょうしね。
どうしましょうか」
「嘘はないでしょう。両腕両足切り落としたのにまだ嘘吐けたら凄いです。
シェバスへの忠誠心が厚いならわかりますが、そんな感じには見えませんでしたし。
アルフィージ様も無表情でやってましたから凄みがあって怖かったでしょうしね。
まず爪を剥いで指を一本ずつ切り落として、それで駄目なら腕を、足をって。
彫刻でも彫ってるのかって言うくらい感情が見えなくて」
「そうじゃないと一息で殺してしまいそうだったので」
はあ、と息を吐いてアルフィージが零した時だ。
「アルフィージ様!」
廊下を走って駆け寄ってくるのはネイだ。
「どうしました?」
「外の様子がおかしいんです! 城門から外の風景が!」
「なんでしょう?」
「行きましょう」
ネイに先導されて、二人は廊下を走って城門に向かう。
開かれた城門の向こうを見て、息を呑んだ。
「これは」
「深い、森の中……?」
先ほどまで荒野が広がっていた城門の外には、鬱蒼とした木々が生えた森が広がっている。
「一体どうして、こんなことが」
「アルフィージ様!」
不意にネイが叫んで鞘に収まった剣を投げてきた。
アルフィージは剣を鞘から引き抜くと、木々の隙間から飛び出してきた魔物を斬り裂く。
「ありがとうございます。助かりました。
しかし、魔物? 普段、国境付近にはほとんど魔物は出没しませんが、いや、じゃあここはどこだ?」
「あの、これは突飛な仮説なんですけど」
ふとカロンが思案しながら手を挙げる。
「なんです?」
「あの敵将、魔導具の扱い方がよくわかってなかった様子でしたよね?
だから、ただエイデス様を別の場所に転移させるんじゃなく、その転移先と国境を繋いでしまった、なんてことは」
「……あり得ますね。魔導具の効果は、千差万別。
そんな馬鹿げた力の魔導具がないとは言い切れません」
アルフィージも考えて、そう結論づける。
そしてすぐ声を張り上げた。
「カロン! 騎士団の半数に出動命令を!
半数は僕と一緒にエイデスの捜索と魔物の討伐!
半数は城に残って城の防衛を!
カロンとネイも城に残ってください!」
「「はい!」」
ユミルは神殿の女神像の前に跪いて、ただ祈りを捧げていた。
どうか、エイデス様が無事に帰って来ますように。
そう一心に願っていたときだ。
不意に神殿の扉が開いて、カロンが飛び込んでくる。
「ユミル様!」
「カロンさん、どうしたんですか?」
「実は」
駆け寄ってきたカロンの詳しい説明を、ユミルは立ち上がって聞くと息を呑んだ。
「そんなことが……」
「ユミル様は城内から決して出られないように。
城内なら、オーブの魔導具の力がありますから魔物でも入れないはずです」
「はい…………。エイデス様は」
「大丈夫ですよ。あの人は見た目だけ綺麗な蛮族ですよ?
魔物相手だってそう簡単に死にはしませんって」
「そう、ですよね」
そう信じたい。けれど怖い。
エイデスを失うことが堪らなく恐ろしかった。
ユミルはじっとしていられず、女神像に祈りを捧げる。
「コルトゥールの女神様、どうか、エイデス様を」
「……音?」
そのときだ。ふとカロンが耳に触れたものに顔を上げる。
「え?」
「なにか、音、……いえ、声が」
「……これ、歌声?」
「女性の歌声、ですね。一体誰が」
高い、女性の歌声が響いている。どこから聞こえるのかもわからない声が。
不意に光が室内を走った。
「うわ。光? どっから」
カロンが驚いて声を上げる。
ユミルはハッとして、走り出す。
「これです!」
巨大な女神像のすぐ下に安置されていた小さな女神像を抱える。
その女神像から、真白い光が伸びていた。
「コルトゥールの女神像!?」
「わかりました! この歌声は、女神様の歌声です!」
「いったい、エイデスはどこに」
馬を走らせながら、アルフィージは擦れた声を零す。
森の奥まで来たけど、それらしき姿は見えない。
不意に蹄の音が聞こえて、視線を動かすとこちらに走ってくる黒い軍馬が見えた。
「お前、エイデスの馬……。
じゃあ、この近くに……」
そう呟いた時だ。不意に向こうから光が走って真っ直ぐに森の奥に向かう。
「な、この光は一体」
「アルフィージ様!」
「ユミル様!?」
響いた声にアルフィージは息を呑む。
カロンが手綱を引く馬にまたがって、乗っているのはユミルだ。
「カロン! なにをやってるんです!
ユミル様を戦場に連れてくるなんて!」
「それよりその光の先を探してください!
そこにエイデス様がいるはずです!」
「え」
ユミルの必死な言葉に息を呑む。
光の先を視線で追う。不意に光が反射した。
そちらに馬を走らせると、光を受けて輝く巨大な鎌が切り立った崖のそばに突き刺さっていた。
「これは、エイデスの」
アルフィージが手を伸ばそうとした矢先、バサッと頭上で羽音が響いた。
魔物だ。
不意に光が直角に、下の方向を指して折れ曲がる。
「退いて!」
馬から飛び降りたユミルが鎌を掴む。
とてつもなく重たいはずの鎌は、ひどく軽く、簡単に地面から引き抜くことができた。
その鎌を振るって魔物を斬り裂く。
だが重さはなくともとんでもなく大きな鎌だ。
ユミルはそれに身体を振り回され、鎌ごと崖下に落ちた。
崖の下にある洞穴に隠れて、エイデスは痛む足を手で押さえた。
しまった。崖から落ちて足を負傷するなんて。
大して深くない崖だったから良かったものの。
洞穴に隠れて魔物をやり過ごしていたが、どうすべきか。
馬ともはぐれたし、鎌も崖から落ちた時にどこかに落とした。
不意に足音が聞こえてくる。
獅子のような魔物が、こちらに近寄ってくるのが見えた。
グルル、とうなり声を上げ、ゆっくりと迫ってくる。
こうなったら素手でも、と立ち上がる。
だがその瞬間、頭上から落下してきた鎌が魔物に突き刺さった。
一撃で絶命した魔物を余所に、鎌に掴まっていた少女がすたっと地面に着地する。
「危な……!」
「ユミル!?」
「エイデス様!」
自分しか扱えないはずの鎌を手に持ったユミルを見て、エイデスは洞穴から飛び出す。
「馬鹿! なぜこんな場所に!
いいから後ろに隠れろ!」
エイデスは叫んで、ユミルを背後に庇う。
鎌の持ち手を握って、こちらに歩いてくる魔物の群れを睨んだ時だ。
高音の、女性の歌声が響いてくる。
「歌……?」
エイデスが怪訝に思って呟いたが、魔物たちは空を見上げて、ふらふらとあさっての方角に歩き出していく。
「どこに……」
「エイデス!? ユミル様!?」
「アルフィージ!」
頭上から響いた声に応えると、アルフィージが崖の上から飛び降りて着地した。
「無事でしたか……!」
アルフィージがわずかに瞳を潤ませて声を擦れさせる。
「よくここがわかったな」
「ユミル様が持ち出した女神像があなたの居場所を教えてくれたんです」
「女神像が?
じゃあ、まさか、この歌声は」
人間では歌えない高い音域の、この歌声。
そしてどこかへと歩き出した魔物。
「どうやら、そうみたいですね。
歌声を聞いて、魔物たちがどこかに向かって歩き出しました」
アルフィージはこんなこともあるんだなあ、と半信半疑の笑みを浮かべて言う。
「多分、というかきっと、海に身を投げるために?」
「……コルトゥール神」
思わず呟いた瞬間、ユミルがエイデスの胸にぎゅっと抱きつく。
「ユミル」
その震える背中を抱きしめて、髪を撫でる。
「すまない。心配をかけた」
いつの間にか、そこは今までとなにも変わらない、あの国境の荒野に戻っていた。




