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第九話 危機

 朝陽が差し込んでくる。

 ベッドの上に横たわって、腕の中を見やった。

 すやすやと、気持ちよさそうに眠るユミルの姿がある。

 剥き出しの肩が寒そうで、毛布をかけてやる。

 夢にも見れないくらい、幸せな一夜だった。

 ずっとこうしていたいと思うくらい、幸せな。

 そっとこめかみにキスを落とす。

「ん……」

「すまない。起こしてしまったか」

「いえ、……大丈夫です……」

 ぼうっとした表情で、ユミルは眠そうにしながらこちらを見た。

「おはようございます。エイデス様」

「おはよう、ユミル。

 身体の調子はどうだ? 痛みはあるか?」

「鈍く痛む感じはありますが……。

 まあ、破瓜を経験したわけですから、多少痛むのは仕方ないでしょう」

 それより眠くて仕方ないといった様子のユミルの、顔にかかった前髪を指で避けてやる。

「君にばかり痛い思いをさせてしまってすまないな」

「それはお互い様ですよ」

「お互い様?」

「背中。無我夢中でしがみついたので、多分凄いことになってます」

 言われて気づく。確かに、痛みがある。

「ああ……少しひりひりするな。

 だが気にするな。大した痛みじゃない。

 昔、失敗して腕に深手を負った時のほうがずっと痛かった」

「そんな大損害レベルの話と一緒にされましても」

 ユミルは少し困った顔をしてから、表情を綻ばせた。

「でも、これで私、身も心もエイデス様のものになりましたね」

「あ、ああ、そう、なるのか?」

「そうなってないと困ります。

 これからずっと、私の最後の男はあなたなんですから」

「そ、そうか」

 エイデスは思わず頬を赤く染める。

「なんというか、むずがゆいような、くすぐったいような。

 ただ、幸せな心地だ」

「私もです」

「ああ、そうだ。どうせだから一つ頼みがある」

 エイデスはふと思いついて、上体を起こす。

 昨夜眠る前にお互いの身体はエイデスが清めたし、ユミルの身体にはバスローブを着せてある。

「なんですか?」

 怠そうにしながら起き上がったユミルに、手を差し出した。

「俺の身体に強く痕をつけてくれないか?」

「痕?」

「騎士団の風習でな、恋人がいる奴は身体のどこかに痕をつけてもらうんだ。

 万一戦場でバラバラの死体になった時、身体の一部だけでも誰のものかわかるように」

「そんな判別に使うんだったら、私、痕なんか残したくありませんよ。

 エイデス様には、絶対無事で戻って来てもらわないと困るんですから」

 エイデスの言葉に、ユミルは眉根を寄せる。

「君ならそう言うと思ったが、これは俺の我が儘なんだ。

 死にそうになった時、君の残してくれた痕があれば、どんな状況からでも必ず帰ってみせると、そんな気持ちになれるから。

 道しるべのような痕だと思って、頼む」

「……全く、エイデス様は。

 妻が私でよかったですね。普通の女性はそんな縁起でもないこと言われたら怒りますからね」

「ああ、全くだ」

 ユミルは明るく笑ったエイデスを見上げてから、差し出された手を取る。

 そしてその手首に噛みついた。

「いっ」

「どうです。しっかり痕がついたでしょう」

 そう得意げに笑った顔を見て、エイデスは苦笑する。

「ああ、しっかりついたな。

 まさか血がにじむほど噛みついてくるとは思わなかった」

「縁起でもない話をしたエイデス様が悪いんですよ」

「ああ、そうだな。

 まあ、タチアナの兵力は充分削ってあるから、当分そんな事態には」

 エイデスがそうのんびり呟いた矢先だ。城内にゴーンゴーン、と鐘の音が響き渡る。

「ならないはずだったんだがなあ……………」

「噂をすればなんとやらですかね……」

 お互いになんとも言えない顔になってしまう。

 エイデスは急いで服を身につけると、靴を履いてベッドから降りる。

「エイデス様!」

 不意に素足のまま床に降りたユミルがエイデスの手を掴んで引いて、そっと軽く触れるだけのキスをする。

「ご無事のお戻りを、お待ちしています!」

「ああ!」

 真剣なユミルの表情を見つめて、エイデスは笑うと痕の残った腕を掲げ、部屋の外に出た。




「すみませんね。エイデス。

 折角の初夜の翌朝に」

「そんなこと言っている場合か!

 敵の様子は?」

 出撃の準備に追われる騎士団の敷地内でエイデスを出迎えたアルフィージに、エイデスは矢次に問う。

「今度は魔物じゃなく人間の軍勢ですよ。

 ただし、タチアナの軍じゃなく、シェバスの軍ですが」

「シェバス帝国の!? なんだってまた!」

「さっき連絡が来ました。どうやらタチアナは我が国に攻め入ることに集中しすぎて後ろを取られたみたいですね」

 固く閉ざされた城門の向こうを指して言ったアルフィージに、エイデスは苦い口調を吐き出す。

「シェバス帝国に侵略されたか……」

「というより、戦わずして占領下に置かれたようです。

 一目で敵わないとわかる大軍を用意して、タチアナの戦意を喪失させたんでしょう。

 シェバス帝国からすれば、我が国に攻め入るにはタチアナが邪魔だったんです。

 タチアナの国土を通過するだけの、通行料を払ったんじゃないですか?」

「なるほどな」

 そこに準備を終えた騎士たちが集まってくる。

 エイデスとアルフィージも馬にまたがって、城門の前に立つ。

「総員、出撃する!」

「はっ!」

 城門が開く。こちらに向かって攻め込んでくるシェバス帝国の軍勢が見えた。

「露払いをしておきますよ」

 アルフィージが構えて、槍を思い切り投げる。

 地面に突き刺さった瞬間、爆発したような衝撃が周囲に走り、シェバスの兵士たちが吹き飛ばされた。

「お前、それはどうした?」

「これは極秘にしてある情報ですが、実は王女殿下には絶えたはずの魔力がありましてね。

 少し槍に魔力を込めてもらいました。

 投げられた槍が地面に接触した瞬間に、爆撃が起こるように」

「それは、是非ともお前の嫁にもらいたい姫君だな」

「全くです」

 小声で交わし合って、馬の腹を蹴るとシェバス帝国の軍勢に向かって駆け出す。

 シェバスの軍勢は先ほどの攻撃に怯んだのか、国境の向こうまで一旦退避した。

 アルフィージが槍を拾って、軽く振るった。

「俺とアルフィージである程度数を減らす!

 国境で待機! 越えるものがいたら仕留めろ!」

「はっ!」

 エイデスは声を張り上げると、鎌を握ってシェバス帝国の軍勢に向かって突っ込んだ。

 そのままアルフィージが槍を振るう。

 エイデスも襲いかかってくる敵兵を鎌で切り裂いた。

 返り血で白い装束が真っ赤に染まる。

 敵将と思しき男が向かってくる。振り上げた鎌が、剣で防がれた。

「コルトゥールの白い死神とはお前のことか?」

「そうだと言ったら?」

「タチアナには赤い死神だと伝わっていると聞いていたが、なるほど。

 噂通りの姿だ。

 どちらにせよ、お前たち二人さえいなければコルトゥールの攻略は容易だ」

「なんだと?」

 エイデスが眉をひそめた時だ。アルフィージの呼び声が響く。

 思わず背後に飛び退いた瞬間、敵兵が投げた剣が地面に突き刺さる。

 敵将は懐から箱を取り出し、こちらを見てにやりと笑う。

「消え去れ」

 箱の中から、目映い閃光があふれ出す。

 それを見た瞬間、背筋を怖気が走った。

「アルフィージ!」

 エイデスはすぐ近くにいたアルフィージを突き飛ばす。

 アルフィージは槍ごと地面に落ちて倒れた。

「エイデス! なにを──」

 どうにかアルフィージが上体を起こした瞬間、魔導具が起動する。

 目映い閃光がエイデスの姿を覆い尽くし、その場から消し去った。


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