第十一話 平和の中で
シェバス帝国の軍勢を潰し、魔導具の効果がなくなった国境は普段とまるで変わらない風景に戻った。
森の中に落ちていた魔導具を部下が発見して回収してくれたので、もうシェバス帝国も同じ手は使えないだろう。
今までと変わらず敵国の脅威はあるものの、一応の日常を取り戻したコルトゥール城で、エイデスは城から外に出ることを禁止されていた。
「だから、大丈夫だって」
「駄目です。足の怪我が治るまでは安静です」
困った表情でユミルに訴えたエイデスだが、ユミルにきっぱり言い切られてそのまま座っているベッドの上に倒れ込みそうになってしまった。
ここは夫婦の寝室だ。
「いや、俺は頑丈だから、すぐに足の怪我なんて治るから」
「無茶しない保証がないから駄目ですよ」
「いや、保証なら」
「こういうことにかけてエイデス様の大丈夫は信用がない、とアルフィージ様が」
「アルフィージ……!」
ベッドの縁に腰掛けたエイデスの正面に立ったユミルは、胸を張って「絶対無茶させない」という態度だ。
「違うんだユミル。そういう言葉が信用出来ないのはアルフィージもなんだ。
あいつも怪我しても平気で最前線で暴れるし」
「つまりエイデス様が信用出来ないのは事実なんじゃないですか」
「う……」
痛いところを突かれた。
まあその通りなんだけども、絶対安静は退屈すぎる。
本当にそんな深手じゃないのだから、少しくらいいいじゃないか。
「本当にだな……」
「せいぜい一週間くらいなんだから、安静にしててくださいよ」
そう言ったユミルの声が少し擦れた気がして、顔を上げるとユミルの瞳がかすかに潤んでいる。
「本当に、あのときエイデス様が死んじゃうかと思ったんですから……」
そう言って顔を覆ったユミルに、エイデスは焦った。
「ゆ、ユミル。ユミル。すまない。わかったから、大人しくしているから……!」
「本当ですか?」
「あ、ああ、本当だ。安静にしているから泣かないでくれ」
必死で宥めるエイデスに、ユミルはぱっと顔から手を離す。
そこにあった満面の笑顔にエイデスは間抜けな顔を晒してしまう。
「じゃあ、言質取りましたからね?」
「……………ユミル、まさか、アルフィージになにか入れ知恵を」
「おやよくわかりましたね。
アルフィージ様が、絶対私の涙には弱いから泣き落とせ、と」
「アルフィージ!」
「よく団長の性格を熟知していらっしゃる副団長で頼もしい限りです」
とうとうベッドの上に倒れてシーツに顔を埋めたエイデスに、ユミルは勝ち誇る。
そのままベッドに腰掛け、エイデスの背中に抱きついた。
「いいじゃないですか。
アルフィージ様が『さすがに当分はシェバスは動かないでしょうから』って仰ってましたし、この機会にゆっくり新婚生活送りましょうよ」
「……新婚生活」
「そうですよ? 新婚夫婦じゃないですか私たち」
ぼそっとそのことに今気づいたように呟いたエイデスに、ユミルが明るく笑って答える。
「ま、まあ、そういうことならやぶさかではない」
「はい」
むくり、と起き上がってユミルを正面から抱きしめたエイデスに、ユミルは満足そうに微笑んだ。
「しかし、今回は不思議なことが沢山あったな。
コルトゥール神の歌声といい、君があの鎌を扱えたことといい」
「きっと女神様はずっとエイデス様や皆さんを見守ってくれていたから、力を貸してくださったんですよ」
「そうだな。そうだといい」
優しい微笑を浮かべてエイデスは頷く。
ちなみにユミルがあの鎌を扱えたのはあのときだけで、そのあとは今までと変わらず全く持ち上げられなくなった。
だから、本当に女神の加護だったのだろう。
「そういえば君はなにやら忙しそうにしていないか?」
「結婚式のドレスの採寸ですよ。
領に帰ってから正式な挙式を挙げるって話じゃないですか」
「ああ、そうか」
そういえばそうだった。ここ数週間、なにかと慌ただしかったから頭から抜け落ちそうになっていた。
「レンタルのドレスですらあんなに綺麗だったんだから、君に合わせて作られたドレスだったらきっと妖精のように愛らしいだろうな」
「エイデス様も凜々しくて素敵でしょうね」
ユミルは嬉しそうに微笑んで、ぎゅっとエイデスの身体に抱きつく。
「本当にエイデス様に会えて、結婚出来てよかったと思ってるんですよ。
あのとき、あそこにエイデス様がいてよかった」
「それは俺の台詞だよ。あの日、君に会えてよかった」
甘く囁きあって、抱擁を強くする。
「じゃあ、せっかく出来た時間だ。
思う存分、君との新婚生活を味わおうか」
「はい」
蕩けるような顔をしたエイデスがユミルを膝の上に抱き上げる。
そのままきつく抱きしめ合って、使用人が昼食に呼びに来るまでそうしていた。
「そういえば僕、疑問なんですけど」
「はいアルフィージ様」
「エイデスってユミル様に会うまではまるで女性に興味を示さなかったわけですが、もしかしてエイデスってロリコンの気があるのでは」
「その台詞ブーメランで返ってくるからやめましょうアルフィージ様」
というアルフィージとカロンの会話があったが、エイデスとユミルの知らない話である。




