前世編/魔術師ディーの幸福(ディーside)
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今から300年ほど前に滅んだ国を巡り、長い戦争や内戦が繰り返された。
しかし、ついに人々が安心して暮らせる新しい帝国が興った。
新しくその国を治めた皇帝は、世に蔓延る不正や汚職を正し、また民を平等に愛した。
都市には活気が溢れ、一度は途絶えた魔術の発展により、生活水準は上がり周辺国に名を馳せた。
帝国の名前は『レールタ』。意味は『星』である。
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「皇女様。今日も驚くほど、元気に走り回っていますね。」
皇女のために建てられた皇女宮の広大な庭で、元気に剣を振るっているであろう彼女は、この国の第一皇女である。
白銀の長い髪をしたわたしは、全てをまるで見ているかのように呟いた。
「ディー…!いつからそこに?」
彼女が嬉しそうに言った。
「ずっといましたよ。」
「もう。すぐに声をかけてくれれば良かったのに。」
近づく彼女の声はとても軽やかだった。
…この目が見えれば、きっと美しく育った彼女を見ることができただろう。
誰もが彼女をこう絶賛する。
『皇帝に似て、情熱的な赤い瞳をし、暖かな紅葉のような赤茶色の髪をし、色白で華奢。
剣術が好きで、少しおてんばで、けれど賢く、民を大切に慈しんでくれるお方だ』
その優しい声を聞けば、彼女だとすぐに分かるし、気配を感じればすぐに気づく。
「お茶にしないか。」
「貴方の好きなお茶菓子もあるわよ。」
『金糸のように美しい髪をし、赤い瞳をした優しい皇帝と、皇女様と同じ赤茶色が鮮やかな髪をした、賢い皇后』
見目麗しいと讃えられている両親の二人が、皇女を呼びにわざわざ皇女宮に訪れた。
仲睦まじい家族はいつも幸せそうだ。
「ディー、お前もいらっしゃい。みんなでお茶しましょう。」
柔らかい声で彼女がわたしの手を引いた。
…見えなくても感じることはできる。
皇女の名前は『エステレラ』。
300年前に亡くなったあの娘が転生したのだ。
信じられない話しだが、彼女の容姿は前世と変わらなかった。
それだけではない。
この帝国の皇帝の名を『アウトリタ』、皇后の名を『トリステル』。
不思議なことに皇帝も皇后も前世と同じ名前で、皇帝に至ってはやはり前世と同じ容姿をしていた。
まさに奇跡とでも言うか。
そして…わたしもまた転生し、ディーとして生まれ変わった。名前は両親がつけてくれた。
生まれは公爵家ではなく平民だったが、魔力量が多いのを見染められ、エステレラに魔術を教える講師として皇室に召し抱えられた。
…彼らと違うのは、わたしは記憶を持って生まれてきたという部分だ。
エステレラの死の直後、わたしは魔術で取引をした。
『どうかエステレラが幸福であるように』と。
わたしは、畏多くも神物に取引を持ちかけたのだ。
その対価として転生後は盲目で生まれたのだと思う。




