前世編/愚かな娘②
今日みたいにエスピーナとのキスを見せつけられたりしなかっただろうか…?
どうしてもっと早くローアルに好きだと言わなかったのだろう。
エスピーナが好きなの?
お父様を無慈悲に殺した彼女が……
私はもう、どうでもいいの?ローアル……
だから私の元に来てくれなかったの?
胸が潰れそうなほど苦しかった。
「エステレラ。
そんなに苦しんで、一人で泣くなら……
ローアルを諦めたらどうなんだ?」
背後から低めの声がした。
伏せた顔を上げると、そこには魔術で転移してきたと思われるディー様が立っていた。
オッドアイの瞳は変わらず美しくて。
皇室の紋章の刺繍が入った黒い服にローブを纏い、フードに隠された銀色の長い髪が、少しだけ見えている。
「ディー様…?」
濡れた顔を両手で拭き、ベッドから急いで降りて、背の高いディー様を見上げた。
「久しぶりだね。勝手に君の部屋に入ってすまない。君も今や皇女なのに…」
私が本当に皇女だということはディー様も知らないだろう。
また、それを自分からバラす気もなかった。
どうせこの人もきっと信じないだろうから。
「いえ…私は皇女では…
…それより、どうして私がローアルのことで悩んでいると分かったんです…?」
「…分かるよ。君が悩むのはいつもローアルのことだからな。」
そんな分かり切ったことを聞くな、という風にディー様は私の顔を見て溜息を吐いた。
それから少し無愛想に口調を変えた。
「…あの夜以来だね。
もう体調はいいのかい?
君を西棟まで送った後、君が倒れて…亡くなった皇帝に介抱されていたと聞いたが。」
「はい…もうすっかり良くなりました。」
そう言って綺麗に丸まり、傷口もない指先を見せると、被っていたフードを脱ぎながら慎ましくディー様が口を開いた。
銀色の長い髪がふわりと靡く。
「そうか。良かった。」
あの夜。
それはディー様の禁忌の魔術で小指を落とした日のことだ。
ディー様はやや目を伏せると、短いため息を吐いた。
「…残念ながら、君の小指でローアルが得たのは準貴族という身分だけだった。
やはり小指だけでは難しいようだ。」
「準貴族…それでも、貧民よりは良いのですよね?」
「もちろんだ。でも…準貴族は平民とあまり変わらないから、やはり扱いは良くない。
この皇宮には準貴族よりも上の身分の貴族がたくさんいるから…
見下されるのは変わらないだろう。」
「そうだったんですか…」
実は今その返事を聞くまで少なからずディー様を疑っていた。
でもどんな対価であれ望めばちゃんと取引をしてくださるのだ。
しかし、あれ以降ローアルを見たのは久しぶりだった。
だからローアルが準貴族になったことを私も今まで知らなかったし、ローアルがそのことをどう思っているかも知らなかった。
今日だって…なぜ…




