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前世編/皇帝と偽物の姫①


 母親のトリステルが、刺繍をする姿を見ているのが好きだった。


 赤茶色い髪を束ねた横顔は子供心ながらとてもキレイに思えたし、真剣な瞳で手元の布に針を刺していくその所作しょさが美しくて、いつも見惚れていた。


 例えこちらを振り向いてくれなくとも———



 ◇◇◇



 「覚悟はいいか?エステレラ。」


 西の宿舎の部屋でディー様が何かの術を唱えて私の肩を抱き寄せたあと、気がついたらまったく別の場所に移動していた。


 そこは古い建物の地下のようだった。

 どこまでも続く薄暗い石壁の通路。いくつかの松明だけが冷たい灰色の地面を照らしていた。


 突き当たりの部屋に入る。

 中心にはすでに、『魔法陣』と呼ばれるものが描かれていた。

 複雑な形や数字、文字のようなものが無数に重なり合う円形。


 打ち合わせ通りその円の中心に立って、振り返り、ディー様を見つめる。


 「はい。覚悟はできています。」


 「そうか。」


 祈るように両手をぎゅっと組むと、ディー様の表情が少し曇った気がした。


 「ディー様。本当に、これで、ローアルの身分が買えるのですよね?」


 「ああ。約束しよう。ただ言ったように体の部位によっても買える身分は異なるだろう。

 市民、あるいは準貴族。どちらになるかは交渉次第だ。」


 「ディー様を信じます。

 どんな身分でも、ローアルがいまの貧民という立場から少しでも変わるのなら。」


 ここに来てすぐに、誓約書も交わした。

 ディー様が一方的に私を騙さないためだ。

 これがある限り、ディー様は約束を守ってくださるだろう。


 あの日私の命を救ってくれたローアルに、やっと恩返しができる。

 そのためなら指の一つや二つ、または、それ以上を失っても構わない。

 生きていくために必要だった刺繍は、できなくなるかもしれないけど。


 「なるべく利き腕じゃない方にしよう。」


 この提案をしてきたはずのディー様は、どこかこの現状から目を逸らすかのように控えめに視線を落とした。

 罪悪感でも感じていらっしゃるのかしら?


 頼んだのは私の方なのに。

 恐ろしく見えても、実は優しい方なのね。


 私が頷くとディー様はまた、聞き取れない術を唱え始めた。

 しばらくすると描かれていた魔法陣の線から光が溢れ出し、あたりを包んだ。

 やがてディー様の声が大きくなる。


 足元から迫り上がる、春の強い嵐のような風が吹き抜ける。

 思わず目を閉じて身を縮める。

 次の瞬間、左手の子指に激しい痛みを感じた。

 声にならないほどの悲鳴が、部屋に響き渡った。


 「………ッ!」


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