前世編/近づく悪意⑤
この城にいると、ローアルのキレイな心がすり減っていく。
私はまだしも、優しくて繊細なローアルにはきっと耐えられない。
私達は以前暮らしていたスラム街に帰ることを禁止されていた。
城から逃げれば重罪となり処罰される。
どんなに優遇されても、相変わらずそれだけは変わってなかった。
あの日皇女に目をつけられてから私達に自由はなく、与えられたこの状況を懸命に生きるしかなかった。
それは同時に不自由さを強いられることだった。
スラム街で暮らしていた頃は確かに貧乏だったが、それでも私達は自由で、そして幸せだった。
なぜ身分なんてものが存在するの?
なぜ差別なんてものがあるの?
生まれが違うだけで、こうも傷つけられてしまうの?
私やローアルに一体何の罪があるの?
結局、皇帝には何も期待はできないだろう。
私達では身分を簡単には変えられない。
このまま城でお金を死ぬほど稼いでも、身分を買うにはきっと足りないだろう。
だからローアルが傷つくのを、私はこうして黙って見ているしかなかった。
それがとにかく辛くて………
「エステレラ。」
すうっと、青白い光が部屋の中心に現れた。
それまでは何もなかったその場所に、黒衣を着たディー様が立っていた。
驚いてベッドの方によろけると、ディー様がすかさず私の腕を握った。
少し怖かったが、胸を抑えながら彼を見上げる。
「ディー様?
それが魔術ですか?何もないところから現れることができるのですね。」
「わたしが怖いか?エステレラ。」
「いえ…」
とは言え、この前の一件以来、ディー様のことはまだ信用しきれていない。
でも不思議と彼を見たら、つい縋りついてしまいそうになる。
まるで心を操られているかのように…
「すまない。遅くなってしまった。
それでエステレラ。この前の一件だけれど、まだその覚悟があるか?」
オッドアイの美しい双眼を見るたびに、希望を持ってしまう。
もうこれ以上ローアルが傷つくのを見たくない。
どうにかして彼を助けたいという気持ちが溢れ出し、止まらない。
「はい…!お願いします。ディー様。」
「分かった。
では、再び聞こう。君の願いは何だ?」
「私は…ローアルに下民より上の身分が与えられることを望んでいます。
平民か、あるいは準貴族……
身分がないからと城の人々から軽視され、蔑まれたり、虐められたり、悲しんだりすることがないように。」
「では、ローアルに貧民より上の身分を買うとしよう。
『対価』は君の身体の一部、例えば指の一本はどうだろうか。」
「!指なんかで身分が買えるのですか?」
「この帝国では金銭で身分を買うことが可能だ。
しかし、安くはない。
おそらくこの先どんなに君が頑張って働いてもきっと一生無理な話だ。
だから、何もない君が唯一差し出せるのがその健全な身体だ。
『対価』は少なくても指一本、人体の一部を魔術で切り落とし、それを必要とする『取引先』の人物と交換して身分を得るという方法を使う。」
「なんだか信じられませんが…私の指なんかが、本当に対価になるんですか?」
「ああ。魔術師の中には『人体の一部』を欲しがる者が数多くいる。それは時に金銭よりも値打ちがある場合もある。
しかも君の身体は若くて健康的だからなおさらだ。
取引されれば様々な用途で使われる。
しかしこの魔術はトルメンタ帝国では禁忌とされ重罪だ。
なので、これはわたしと君だけの秘密であることを覚えておいてほしい。
もしかすると、指だけでは済まない場合もある。
それでも、恐れずに取り引きをするか?」
指を……もしかすると、それ以上を失うかもしれない。
でも、無くなるとしても構わないと思った。
ローアルのためになるなら。
覚悟を決めて私は頷いた。
「お願いします。ディー様。」
「…分かった。なら場所を移そう。」
長い銀の髪が揺れた。ディー様は目を伏せ、私の体を自身の方に引き寄せた。
そうして聞きなれない術を唱え始めた———。




