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前世編/近づく悪意⑤


 だが皇帝とは、この帝国の統治者として暴君でなければならないのだろう。

 そのことを少しは理解できてきた気がする。


 「わたしは優しいか…?」


 肘掛けに肘をつき、皇帝は私の顔をのぞき込むように言った。


 「はい。少なくとも私にはそうです。」


 「そうか。なぜ優しいか、分かるか?」


 時々、こうやって皇帝は私に疑問を投げかけることがある。


 私に考えさせ、期待する言葉を返すのを楽しみに待っているかのようだった。

 実は私も、恐れ多いことだが薄々勘づいてしまった事がある。


 「陛下。無礼を言わせてもらえるのなら…

 恐れ多くも、陛下と私の瞳は、とても似ていますね。」


 淡々と進んでいた会話がそこでしばらく止まり、皇帝は長い沈黙のあと、深く吐息を吐いた。


 「本当に、そうだな。」



 ———私の母の名前。

 母のことや、刺繍のこと。私のこと。



 皇帝がなぜ頻繁に知りたがるのか。

 私もずっとその答えを探していた。


 でなければ帝国の皇帝が、名前もなかった捨て子をこんな風に扱うはずがなかった。

 もし万が一にも、私が思っていることが正しいのだとしたら。


 でも皇帝は知って欲しいが、知らないでいて欲しいという妙な雰囲気を漂わせている。

 だから皇帝は、今の時点で何かを明かす気はないのだろう。


 彼が望むのなら、私もそれ以上は口をつぐんでおこう。


 それに確認したくても私の母がどこに消えたのか分からない。いまさら確認しようがないのだ。



 ◇



 皇帝の部屋から自室に戻ると、ひどく泣き腫らしたような顔をしたローアルが立っていた。

 思わず息が止まりそうになる。


 「ローアル!!?どうしたの!?」


 「…エステレラ。何でもないよ。大丈夫。」


 「何でもないわけないでしょ?っ、これ!

 どうしたの?服がこんなに汚れて…

 まさか、皇女様に?」


 よく見ると顔にも擦り傷があり、シャツは伸びて、いくつもの泥や手形がついていた。

 昼前に皇女の元に呼び出された時に、何かされたのだと思った。


 「ちがうよ。皇女様は、僕を助けようとしてくれているんだ。

 …あの方は本当はお優しいのかもしれない。」


 「え…?」


 驚いて私は一瞬立ち止まる。

 まさかローアルの口から皇女をかばう言葉が出るなんて。

 

 ローアル。

 あの皇女に何か言われたの?ローアルは純粋だから、何か余計なことを吹き込まれたのかもしれない。

 そう考えたが、妙に心臓がドクンと鳴った。


 「ローアル?皇女様と何が…」

 

 「何でもないよ。…何もない。疲れたからもう先に寝るね。おやすみ。エステレラ。」


 「待ってローアルっ!その服は誰に……」


 私の問いかけにローアルは作ったように笑い、そのまま部屋を出て行った。


 ローアル……一体何があったの?

 皇女じゃないなら、誰?

 また騎士?それとも貴族?

 仕事場の誰かに…?

 また、傷つけられたんだ。


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