前世編/近づく悪意⑤
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《皇宮。皇帝の私室》。
私はあれから何度か、皇帝に自室に呼ばれた。
その度に目の前で刺繍をするようにと針と生地と銀糸を渡され、もちろん断る事はできないのでただ黙々と作業をする事に。
ただ、なぜ皇帝が私をこうも頻繁に呼ぶのかが分からなくて。
誰かが刺繍をするその所作を観察するのがお好きなのだろうかと思おうとしたが、やはり無理がある。
皇帝の見事な金色の髪は神々しく、あの強烈な赤い瞳に見つめられると動けなくなる。
今だ語り継がれる、武勇伝を思い起こさせるような古い切り傷が皇帝の服の袖から度々見えることがあった。
「エステレラよ。わたしが怖いか?」
「いえ。私は陛下を怖いとは思いません。」
「そうか。それは良かった。」
良かった?
こうして二人きりで会う回数が増えるたび、皇帝は少しずつ私に気を許していっているようだった。
刺繍をする私の真向かいのソファに座り、背をもたれてゆったりと過ごしている。
今では皇女のために私を処刑されるのではという心配も、杞憂だったと思っている。
「エステレラ。わたしは、この帝国の皇帝だ。」
「はい。存じ上げていますが…?」
「皇帝は、強くなければならない。そうしなければ国は成り立たないのだ。」
「………はい。分かっております。」
「わたしはこのトルメンタ帝国のために、極悪非道な行いもたくさんしてきた。
国を守るために戦でこの手を血に染め、皇室での争いに生き残り、皇帝になるためには、家族をも手にかなければならなかった。
皇帝になってからも不平不満をもらす臣下や民の意見を聞き、お前たちのような民を貧民街に追いやり、虫ケラのように排除してきた。
全ての出来事を正しいと確信して行動してきたから、それを悪いとは思わぬ。
強い皇帝とは、ただ優しいだけでは駄目なのだ。」
ぽつりぽつりと呟く皇帝の低い声が、耳元に届く。
私になぜそんなことを話すのか、何を言ってほしいのか分からない。だけど……
「陛下はじゅうぶん、お強いと思います。
抱えられていらっしゃるものを私が計り知ることはできませんが、それでも陛下は、お優しいと思います。」
私のような者に本音を打ち明けようとするのはなぜか。
しかし疑問に思ったところで。彼の本当の目的を、彼自らが話してくれるのを待つしかない。
ただ素直に皇帝が優しいと感じてしまうのは、これまでの彼の言動を見てきているからだ。




