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前世編/近づく悪意③


 今度はローアルの両手を拾い上げ、エスピーナはポロポロと涙を流し、潤んだ瞳で言った。


 「ローアル。わたくしのものになると言いなさい。

 そうすれば、わたくしがあなたを全力で守ってあげるわ。」


 「皇女様…」


 「身分のせいで虐められるのは、辛く苦しいことでしょう?

 あなたがわたくしの側にいたいと言いさえすれば、わたくしがあなたを特別な王子様にしてあげる。」


 優しい口調でエスピーナはローアルに近づき、囁いた。

 その距離はキスできそうなほど近く、ローアルは顔を真っ赤にして目を逸らす。


 皇女に失礼のないよう、慎重に言葉を選びながら返事をした。


 「ありがたいお言葉ですが、皇女様。

 心配には及びません。僕は、この通り大丈夫ですので。」


 「……」


 体をこわばらせ、逃げ腰になるローアルを離すまいとエスピーナはきつくその手を握った。


 「…分かったわ。無理強いはしない、

 ローアル。

 だけど、わたくしはあなたの味方よ。

 辛くなったらいつでもわたくしを頼ってね。

 ………また、お父さまがいない時に会いましょう。」


 下がってもいいと言われたローアルはエスピーナに手を解放してもらい、ようやく緊張を解いて部屋を後にした。


 同時に、先ほどまで女神のように優しい顔をしていたエスピーナの表情がぐしゃっと歪んだ。


 ————————



 「フォンセ。」


 「はい、皇女様…」


 呼ばれて近づいたフォンセの顔に、エスピーナはパシン!と強めの平手打ちをする。


 「まだ虐め足りないのではない…!?

 あなたの虐め方がぬるい証拠よ?

 もっとローアルをボロボロにしてくれないと困るわ。

 もう助けてくださいと、もうわたくししかいないと泣いてすがるくらい、惨めに徹底的に傷つけるのよ、いい?

 可哀想なローアルを助けてあげられるのはわたくしだけなのだから。

 …それからディー。あなたもよ?」


 部屋の隅に密かに控えていたディーは、黒衣を揺らし、エスピーナたちの前に姿を現した。


 抱えていた膨大な仕事を終えてようやく皇宮の皇女の元に出向いた。表向きはそうだった。


 「エステレラ。体を売らないと言ったそうね。

 卑しい生まれの分際で。でも、いいのよ。

 ね、ディー。あの方法でやることにしたのでしょう?」


 「…その通りでございます。」


 「いい。いいわ。

 今日は断られたけれど、望んだシナリオに近づいていってるわ。

 傷ついたローアルがわたくしに縋りつき、邪魔なあの子が壊れていく…そんな素敵な結末を、楽しみに待っているわね。」


 その素敵な結末というものを想像したのだろうか。

 エスピーナはいつもの勝ち誇った、恍惚とした笑みを浮かべた。


 今回はなぜか皇女の思惑に気が引けて、仕事を理由にここを離れていた。

 だが結局はディーはエスピーナに逆らえない。

 やはりとんでもない怪物を相手にしているのだと、ディーは今更ながら思ってしまった。


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