現世編/私たちの幸福は①
「…クルラーナ山脈の洞窟では、大変失礼しました。エステレラ様。
その他にも…貴方には謝らなければならないことが山のようにあります。」
謝罪の言葉と共に頭を下げた彼の、長い銀色の髪がさらりと揺れる。
黒の皇室魔術師の衣装は、高身長のディーにとても似合っていた。
彼とは前世の話をしたかったので人払いをし、プライベートルームに呼んだ。
「ディー。
いいえ、…ディー様。
顔を上げてくださいませんか?
雪山のこともそうですが…私たち確かに前世で色々ありましたけれど…
私はディー様をこれっぽっちも恨んでなどいませんでしたよ。」
そっと私はディーに笑いかける。
今はただ、目の前のこの人が死ぬ程懐かしかった。
「…今だけは昔と同じ様に接して構いません。ディー様。」
このままの立場では話しにくいだろうと、無礼講を許しますと許可する。
ディーはまたその瞳を潤ませ、泣きそうな顔をした。
「…エステレラ…様。
いや、…エステレラ。
ずっとお前に謝らなければと考えていた。
お前に…精神操作の魔術をかけて、意のままに操っていたのはわたしだ。
謝って済むようなことじゃないが…それでも本当に済まない。」
そう言ってディーはまた深く頭を下げた。
テーブルを挟んで座る私は、穏やかに言う。
「ディー…様。
確かにお互い色々なことがあったかもしれないけれど、私はあなたに傷付けられたとは思っていません。
あれは紛れもなく、私の意思でした。
だからもうこれ以上、罪悪感を感じたり、謝ったりする必要はないのです。」
「…けれど、謝らせてくれ。」
頑なに決心しているといったディーの申し出を、それ以上断る事はできそうもなかった。
「…分かりました。それでディー様の気持ちが済むのなら。」
まるで祈るように頭を下げるディーとの間に、しばらく沈黙が続いた。
それから何かが吹っ切れた様に、ディーは顔を上げた。
「…お前が優しくて、わたしはいつも助けられてばかりだった。」
…良かった。
ようやくディーに、いつもの笑顔が戻った。
「それは私の台詞ですよ。
ずっと最期まで、私の側に居てくれたのはあなたでした。
…私こそ救われていたんです。
本当にありがとう。」
…やっとあなたに言いたかった、感謝の言葉を告げることができた。
私が頭を下げれば、ディーはまた瞳を潤ませる。
またしばらく、沈黙があった。
「…エステレラ。ローアルと明日結婚するんだな。…本当におめでとう。」
「…私、その。」
つい言い淀んだ私に、ディーは笑顔を添える。
「わたしがお前を、愛していると言ったことか…?
気にするな。
お前がローアルを選んだことを根に持つほど、わたしも小さい男ではない。
…2人が幸せになるのなら、祝福だってできるさ。」
「ディー…!ありがとう!」
その言葉を聞けて、どれだけ嬉しいか。
昔と変わらないオッドアイの瞳と視線が交わった。
「…祝福はするけれど、諦めるとは言ってないぞ、エステレラ。」
「…え?」
何か、とんでもない爆弾発言を聞いた気がして間抜けな声を出したところ。
それまで見たことも無いような、幸せそうな顔で笑うディーの姿が目に映った。
ディー。
あなたには言わないけれど、きっと命を懸けた私の願いには、親愛なるあなたの幸せも、入っていたように思うのよ。
今世では、誰にも縛られることなく、自由に生きてほしいって—————————。




