現世編/300年後のプロポーズ②
静かな夜だ。
今夜、ローアルは騎士団員たちに婚前の祝賀会に駆り出されていた。
一方の私はお父様やお母様と楽しいディナーを終えて部屋に戻り、一人月を見上げていた。
…この皇女宮から見える、ディーのいるであろう塔の方角を見てふと考える。
思えばディーのことも、とても驚いた。
ローアルとはまた色味の違う深い銀色の長い髪を束ね、右は碧、左は灰色のオッドアイという珍しい目をしていた彼に幼い頃に出逢った。
初めは人形のように美しい男性だと思った。
どこか怖いとも思っていた。
私とローアルとの仲を邪険に思っているエスピーナの回し者ではないかと、いつも疑ってばかりいた。
体の一部を売買する禁忌の魔術という取り引きを持ちかけられた時も。
ディーにずっと精神操作の魔術をかけられていたのだと、今になってローアルに聞かされたけれど、それでも彼を憎むことはできなかった。
帝国一の魔術師だった人。
ディー・ハザック・ストレーガ。
5つ年上だった彼が、幸せそうに笑う顔を見たことがなかったせいかもしれない。
精神操作の魔術は、本人の潜在意識に強く作用すると聞いた。
私の望みはローアルの幸せだったし、あの当時何の力も持たなかった私がローアルのためにできることは、やっぱり自分の身体の一部を対価に取り引きすることしかなかったのだと思う。
望んで私が身体を魔術で失うたびに、ディーはいつも辛そうにその瞳を曇らせていた。
何がそんなにこの人を悲しませているのだろうか?
苦しませているのだろうか?
苦しそうに私を遠目に眺めて佇むその姿に、私も常に胸を痛めていたように思う。
ディーは私の望み通り取り引きしてくれていたが、私が体の一部を失うごとに罪悪感に苦しめられているようだった。
それがいつの間にかディーは私の側にいるように。
皇族の血筋であり、公爵家の主人でもある。
恵まれた人間であるはずのディーには、家族の話も恋人の話も出たことがない。
あまりにも魔力が強い彼は、少年の頃にはすでに皇室に召し抱えられたと聞いた。
それからエスピーナの専属魔術師となり、手となり足となり支えたのだと。
皇族のために人形のように尽くす彼には、側に寄り添う人間がいなかった。
家族にさえ恐れられていたとも聞いた。
ディーも孤独な人なのだと思った。
エスピーナがディーと共謀していると知ってからも、私はディーに何も言わなかった。
本当にディーが悪人ならば、あんなに辛そうな顔はしないだろうから。
彼と過ごす時間はローアルといるよりも増え、私といる時はまるで少年のように無邪気に微笑むこともあった。
私も、側にいてくれるディーのおかげで、泣いてばかりの日々ばかりでは無かった。
そんな時に、帝国一の魔術師と呼ばれている彼が実は皇室に縛られているという噂を聞いた。
魔術師たちが作った『ケレブの心臓』と呼ばれるその魔道具は、トルメンタ一族の血からできたもの。
昔、皇室の権力争いに負けたディーの祖先であるストレーガ一族が、皇族に忠誠を誓い、裏切ることができないように盟約を結ばされたらしい。
それがある限りどんなに強い魔力を持っていてもストレーガ一族は皇族に逆らえないのだと。
それはトルメンタ一族である皇族にしか扱えない、とても危険なものらしい。
それがあるからディーはエスピーナに逆らえないのだろうと思った。
少年の頃から残虐なエスピーナの言いなりになってきたのなら、ディーの心が壊れてしまっているのも納得できる。
自由になれば、ディーは心の底から笑えるのだろうか?
誰かに縛られた人生はとても辛く耐え難いものだ。
何とか『ケレブの心臓』を手に入れることはできないだろうか。
私にはトルメンタ一族の皇族の血が流れている。
自身も少しずつ壊れながら、心のどこかで孤独なディーのことを思っていた。
無謀にも私はそれを入手し、ディー宛に公爵家に送った。
それも死の直線だったと思う。
どこか…私とディーは似ていたように思う。
孤独なお互いの隙間を埋めるように、側にいたような気がする。
その彼が、私を愛していたのだと知り驚くばかりだ。
つい先日、城の中でディーに出会った。
雪山で色々なことがあったせいかどことなく余所余所しい態度を取る彼だったけれど、引き留めて話をした。
…あなたのその宝石のような瞳をまた見ることができるなんてと、感極まって泣いてしまいそうだったけれど。




