現世編/認めるしかない(ディーside)
『ケレブの心臓』を守る鎖の錠と、小箱の錠を壊せるのは皇族の血筋だけだ。
2つの錠を壊したのはエステレラの魔力?
それを皇族以外が外に持ち出せば、盟約で命が奪われる。
その微弱に残っていた魔力は、恐らくエステレラのものだった。
すでに盟約の効力の切れた小箱。
添えられていた鍵でそっと中を開ける。
そこには、ストレーガ一族が皇室に従うために魔術師たちによって作られた『ケレブの心臓』が入っていた。
長くストレーガ家を縛ってきたもの。
それを持ち出したエステレラは…アウトリタの娘である証。
エステレラは…あの赤い瞳は…偽物ではなく、本物の皇女だったのか…?
昔一度だけ、皇帝が皇后以外の女性を妃にするつもりでいたと聞いたことがある。それがエステレラの母親だったのだ。
エスピーナに追い出される前に、彼女の胎にはすでにエステレラが宿っていたのだ。
あの娘は偽物なんかじゃなかった。
本当の皇女だったんだ。
皇帝がエステレラを特別視する理由。エステレラが皇族のような雰囲気を纏う理由。
そうとも知らずに…わたしはあの娘を…
どれだけ身勝手だったかと、今なら分かる。
ずっと人を愛したことがなかったから…
ローアルのことで苦しみ、壊れていった中で、エステレラはこんなわたしを……
救ってくれたのに。
———エステレラのいなくなった生活は、とてつもなく色褪せて見えた。
何を食べても美味しいと感じず、楽しみも喜びもなかった。
すでにトルメンタ帝国は腐敗し、国境や辺境で魔獣は溢れかえっていた。
エスピーナが国を傾けたことを今さら変えようなど…それよりもこの国をどうしようとも思えなくなっていた。
…愛していたのだと。
わたしは、エステレラを心から愛していたのだと思い知った。
だから決意した。
彼女のいない世界に未練がないわたしは、許されない罪滅ぼしのために自分の命を対価に、来世で『エステレラが幸福であること』を願った。
自分のいる塔と対面にある、月夜に浮かび上がる皇女宮。
そこに眠っているであろう、エステレラの姿を思い浮かべた。
皇帝がローアルに、特別にエステレラに会うことを許したらしい。
…認めざるを得ないのか。
エステレラにはローアルしかいないのだと。
ディーは一人静かに、今なお変わらず美しいエステレラの姿を思い浮かべた。




