現世編/あなたが居なければ幸福にはなれない①
まさか彼が私を愛しているはずがないと盲目的に信じていた、狂ったような記憶しかない。
苦い、苦しい記憶が思い出される。
つい最近まで経験したような感覚のせいで、胸が苦しくて堪らない。
「…けれど…エスピーナと、城外にデートに行ったでしょう?」
「…うん。本当は君と行くはずだったけど、エスピーナの策略で手紙の受け渡しの日時を操作されてね。
デートは本当は君と行きたかったし、君に買った髪飾りもあげたかった。」
髪飾り…?あの時デートで言っていた…?
「…エスピーナに恋をしていると…」
「そういう噂を流したのはエスピーナ自身だったよ。」
「…彼女に相応しい身分を求めていたんじゃないの?」
「僕は騎士の爵位さえ貰ったら、君にプロポーズするつもりでいた。」
「…彼女と結婚したいと…」
———苦しい。
彼がどれだけ疑心と蟠りを否定してくれても、まるで胸が圧迫されて潰されていくように痛い。
思い出が蘇るたびに、狂ってしまったあの辛い記憶が掘り起こされていく。
ずっとローアルに聞きたくて聞けなかったことの数々。
すれ違っていった苦しい日々。
憎しみと悲しみと薄暗い記憶の底で、ずっと私は叫んでいたんだろう。
その想いが溢れ出すように次第に声を荒げた。
「…私がディーと身体を対価に取り引きしてることを、知ってた…!!」
「…知ってたよ。」
「…けれど止めなかった…!!!私が死んでもよかったから…!!私のことなんかどうでもよかったから……!!」
「信じてもらえないかもしれないけど…
君が死ぬと分かっていたら、迷わず僕も、君と死ぬことを選んでいたよ。」
悲しい。つらい。痛い。苦しい。
愛してる。愛していた。憎むほどに。
嫌いにもなれず。
ただ貴方の為に身体を失うだけの生だった。
何も見返りを求めてないと言いながら、本当は誰よりもローアルに愛されたかった。
「っ…エスピーナと、愛し合っていた……!
毎日同じ寝所で眠り、彼女に愛していると囁いていたって…!」
私はずっと悲しかった。
あなたがエスピーナに恋をして、私の事などもうどうでもいいのだと思い込んでいたから。
「…僕は君がこれ以上身体を失わないためにエスピーナと結婚したけれど…
彼女を抱いたことは一度もなかったよ。
ディー・ハザック・ストレーガが君に精神操作の魔術をかけていたから、君は僕の幸福がエスピーナと幸せになることだと、思い込まされていたんだ。」
ローアルは一度言葉を途切れさせ、再び息を吸い込む。
それから顔を真っ赤にし、目に薄っすら涙を浮かべて言った。
「…僕が愛してるのは君だけだったから、抱きたいと思うのも君だけだった。」
———私が片足や臓器を失ってから目を覚ましたその時。
左目を失ったと知った時。
その時に見せた、縋るような目つき。
水滴を垂らされた水面のように揺れた瞳。
祈るように言った言葉。
『僕は幸せだ』




