現世編/雪山の一夜②
…でもいいと…私のことなど、死…と思っていたでしょう…?
あなたも…も…
醜い私は誰からも…されていないのだと…
だから私は…した……のに。
夜が明けた。
気まずい空気とは裏腹に、あれだけの豪雪が止んでいた。山腹からは紅い朝陽が差して、白銀の世界を照らしている。
これだけ視界が開けていれば大穴を探すことも容易くできそうだ。
こうしている間にもお父様や騎士たちが、命懸けで戦っている。
託された使命を全うしたい。
そう思う反面、昨夜からの頭痛が体調を悪化させている。
用意していた薬は飲んだはずなのに、何故いつものように頭痛が治らないのだろう。
一睡もできなかったのは私だけではない。
あれからディーに何度許すと言っても、ものすごく沈んだ顔をしている。
結局眠ってなどいないはずだ。
「ディー、今は何より使命に専念しましょう?
帝都に帰ればいくらでも時間をかけて貴方の話を聞くから…」
「………。」
だからそんな顔をしないでほしい。
まるでこの世が終わってしまうかのような、悲観的な顔は。
「確かに昨夜のあなたは怖かったけれど、だからって暴力を振るわれたわけでもないし、傷付けられたわけでもない。
今はとにかく、レールタ帝国は危機に直面してる。
前世のことが気にならない訳じゃないけど、それ以前にあなたのことは優秀な魔術師としてずっと頼りにしているのだから。」
「…そうですね、今は目の前の危機に専念しましょう。」
ようやくディーがやるべきことに意識を傾けて、重苦しく閉ざしていた口を開いてくれた。
私とディーは昨夜のうちに乾いた毛皮のコートを羽織ると、再びクルラーナ山脈の緩やかな麓を歩き始めた。
———あれが魔物が噴き出す大穴。
麓に積もった雪を踏み締めて、歩き続けて数時間後。
私たちは、ようやくお父様の言っていた異界の大穴を発見した。
これまでは群れを引きつけたお父様たちのお陰で、魔物の一体にも出くわさずに済んだ。が、やはり斥候の報告通り、岩盤を砕いたような薄気味悪い色をした大穴からは、いち、に…と不気味な魔物たちが大地を跨ぐように現れていた。
こんなに間近で魔獣を見たのは初めてだ。
牛の頭をしながら人間のような躰を持つもの。
犬のような頭が三つもあるもの。
躰は人間のようなのに、兎のように小さなもの。
蝙蝠のような躰をして羽があり飛んでいるのに人間の顔をしているもの。
それらは姿形も大小様々で、目的を分かっているのか穴から飛び出してくると、一心不乱にお父様たちが引きつけた群れのいる方向に向かっていった。
———魔力を持つ人間は、魔術を同時使用ができるがそれは最大4つまでだ。
それ以上は負荷が大きく体が持たない。
しかも最大数使えるのはお父様かディーぐらいしかいない。
今の私には2つの使用が限界だった。
とは言え、ディーも2つ以上使用すれば負荷が強いため、極力使わせたくない。
魔力量が多いほど使う魔術の強さにも影響する。
つまり魔力量が多いほど魔術も強大になる。
「……ディー、大穴を塞ぐ間、私があなたに加護魔法をかけるわ。」
「はい、助かります。私はその間に穴から生まれたその辺の魔獣を一掃し、穴を塞ぐための魔術を展開しますので。」
「…その間、もしあなたに向かってくる魔獣がいれば「消滅」の魔術を使うわ。
打ち洩らさないように気をつけるわね。」
「宜しくお願いします。…エステレラ様。」
「…?まだ何か伝えそびれたことかある?」
「…いえ、お気をつけて。あなたにレールタの守護神の加護があらんことを。」
そう言ったディーは私の片手を取り、手の甲に短いキスを落とした。
向きを変え颯爽と大穴に向かっていく。私は後方に身を潜めた。
信頼しているわ。ディー。
そして貴方のことは必ず守る。
…お父様…騎士団や魔術師…レールタの兵や、国民…
そして、ローアル…皆どうか無事で…!!




