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現世編/愛されたい(ディーside)


 

 …小さなその身体は、わたしのせいで恐怖して震えていた。



 それでもわたしはエステレラの柔らかい口を塞ぎ続けた。


 それ以上の言葉を聞きたくなかったからだ。


 お前がかつて愛したローアルは、お前がボロボロになっていくのを知りながら見殺しにした男なのだ、と思わず叫びたくなった。


 「…っ!」


 塞いだ手元に抗おうとするエステレラの荒い吐息がかかり、そこだけが熱く湿る。


 「…今のこの現世の形を作ったのはわたし。

 わたしはお前の幸せのために自分の身を犠牲にしてこの世界を願った…!

 お前を愛しているから……!!

 けれどローアルは何もできなかった!

 あいつは何一つ君を幸せにはできなかった筈だ…!!

 だからあいつは今度もお前を絶対幸せにはできない…!!」



 …一体わたしは、何を言っているんだ?



 自分が神にでもなったつもりか…?



 このエステレラに優しい世界は、わたしが願った世界そのものだが、それをわたし一人の力で叶えたなんて傲慢な考えだ。けれど。


 「…どうして思い出さない…?

 あんなにずっと側にいたのに、どうしてわたしを忘れてしまったんだ、エステレラ…!!」


 昂った感情を抑えられずに、エステレラに向かって叫んでしまった。

 そのままずっと、心の内に秘めていた想いまでも吐露してしまった。



 ———エステレラが死んでから自分の本当の気持ちに気付き、命と引き換えにエステレラの幸せを願った。


 その願いが叶ったこの世界で、またお前のそばに居ることができた時、それで満足だと思った。


 目が見えず、お前の姿が見えなくてもそばにいるだけで幸せだと。


 なのに…欲深くなっていく。


 できることなら前世の記憶を取り戻して欲しいと。

 あの東の離宮でお前と最期まで寄り添っていたのはローアルではなく、このわたしだと。


 お前に愛されたい。


 お前が欲しい。


 卑しくもそんなことを思うなんて。



 実際にお前に魔術をかけて身体のあらゆる部位を取引するよう誘導し、失わせ、短命にし、その命を奪ったのは、わたしなのに。


 なんて浅ましい考え。


 ローアルのことを棚に上げて、お前に愛されたいと思うなんて。


 お前に愛される資格が…わたしにあるのか?


 そこで…あることに気付いた。


 まさかエステレラに記憶がないのは…………



 「ディー…」


 気付けば苦しそうに息を吐いたエステレラが、自力でわたしの手を退けた。

 悲しそうにこちらを見上げている気配がし、心がひやりと冷えた。


 我に返って、自分がどれだけ愚かなことをしたのかを痛感する。


 「エステレラ…様!すみませんでした!わたしは…」


 身を引いてエステレラの前に勢いよく平伏した。

 許される限り全身全霊で謝り続けるしかないと思った。

 目の前にいる少女が、泣いて震えているような気がしたからだ。


 どうしてわたしは今世でも、お前を傷付けることしかできないのだろう?


 「…ディー。本当のことを話してくれないと私には何も分からないわ。

 それに…

 ローアルが私を幸せにできないと貴方は言ったけれど、それを決めるのは私だわ。

 幸せを決めるのは他人ではない。

 それを決められるのは自分自身だけなのよ。」


 そう言い終えたエステレラが短い溜息を吐き、洞窟の壁際に身を寄せる気配がした。


 「…本当に、すみませんでした……」


 外で鳴り響く豪雪の音以外、静まり返った洞窟。

 その長い間、わたしはエステレラに向かってひたすら謝り続けていた………。



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