現世編/帝国の危機①
◇◇◇
皇宮を揺るがしたあの少女、エスピーナが監獄へ移送中に何者かに襲われ、乗っていた馬車ごと深い谷底に転落してしまったらしい。
捜索した騎士団によると、谷底にあった馬車は見るも無残な姿となり、変わり果てた2人の遺体が見つかったそうだ。
改心することを願っていたのに、こんな結果になって本当に残念だ。
「ひどく恨みを買っていたのでしょう。
どうしてそうなったのか、僕には分かる気がします。」
「前世の記憶を持つ共通者」としてローアルにエスピーナのことを告げると、彼は安堵したように呟いた。
レールタ帝国の神殿はここより南にあるが、皇城の中にも死者へ冥福の祈りを捧げる礼拝堂がある。
沈黙して祈りを捧げた後、そこの長椅子にローアルと二人並んで座っていた。
「ともあれ、皇女さまのおかげであの少女をこの手で殺さずに済みました。
深く感謝いたします。」
相変わらず美しい所作で礼をするローアルを見て、私はどこか切なさを感じた。
「感謝だなんて。この国の皇女として当たり前のことをしたまでだわ。」
「皇女様は僕に、「前世の記憶」というものを聞かないのですね。」
薄紫色の瞳を潤ませ、ローアルはポツリと言った。
「本音を言えば聞きたいけれど。
あなたは無理に話したくない、そうでしょ?」
「…はい。聞けばエステレラ様に、心底嫌われてしまうかもしれません。」
哀しげに目を伏せるローアルを、ふと抱きしめてしまいそうになる。
何で…?
あなたと亡くなってしまったエスピーナの言っている「前世」が私には全く分からない。
けれど、あなたを見て、これだけ心をかき乱されるのは何故なのだろう。
「ローアル。話したいことはあなたの良いタイミングで話せばいい。
それにね。
この2ヶ月余り、私はあなたという人を見てきたわ。
確かに初めは、だいぶ変な人だと思って警戒していたのも本当だけれど。
でも、あなたが真剣に騎士団で訓練する姿や、騎士団の仲間たちと楽しそうに過ごしているのを見て、あなたという人がどんな人なのか、分かってきた気がするの。
いつも囁くあの数々の愛の言葉も、デートでの優しいあなたも。
エスピーナの剣から私を救ってくれたあなたも…
いつも情熱的で、びっくりするほど真っ直ぐな気持ちをぶつけてくるあなたを、いまさら私が嫌いになると思う?」
そう言って顔を覗き込むと、ローアルは頬を紅潮させ、泣きそうな顔をしていた。
「エステレラ様。
その…抱きしめてもいいですか?」
「……!」
本当なら皇女の身に触れることは駄目なのかもしれない。
もし、お父様に見られたらローアルは殺されるかもしれない。
でも、私は何故か無意識に頷いていた。
華奢に見えてもわりと筋肉質なローアルの両腕が、そっと私の身体を抱きしめる。
「エステレラ様。愛しています。」
ローアルに優しい抱擁をされた私は、ふと全身の力が抜けてしまった。
これが愛されるということだろうか…?
ディーにも同じようなことを言われたけれど、こんなに甘くて切ない感覚にはならなかった。
まさか私がローアルに、心を惹かれているということかしら。
それから暫くローアルは私の身体を抱きしめたままだったし、私もまたローアルの背中に手を回し、それに必死に応えていた。
……… ———————壊れたでしょう?
何で壊れたか知ってるの?エステレラ。
…あなたをそんな風にしたローアルを許せるの?
前世でどんな酷いことをされたか。
…だから…を…してしまったのに。




