現世編/あの男だけは
◇◇◇
城の者が皆寝静まった頃、ディーは離宮の自室から一人で、エステレラのいる皇女宮を見上げていた。
今でも…あの寒い夜のことを思い出す。
心も体も壊れたエステレラが自分を殺してくれと泣いたあの日…
『そんなクズな男のために…君は自分の命を捨てるのか?
それでも彼の幸せを望むのか?』
ディーは思わずエステレラにそう尋ねた。
知りたかった。
彼女が壊れて行くのを知りながらそれを止めないローアルを、それでも愛しているのかを。
もう…エステレラから心臓を取り上げるなんて気は微塵もなかった。
すでに彼女は体のあちこちを失い、体も内臓もボロボロだった。
肉体的にも精神的にも、エステレラの余命はもう長くはなかった。
だから安らかに逝かせるつもりだった。
これ以上エステレラが傷つかないように。
悲しむことがないように。
エステレラを眠るように永眠させようとした。
だが、ディーが術をかける前に。
明らかに、亡きアウトリタ陛下の持っていたような、力強い魔力が放出された。
あの魔力はエステレラ自身のもので間違いないだろう。
彼女は死ぬ間際に…一体何を願い、自らの死と引き換えにしたんのだろうか?
こんな風に同じ時代に生きた人間が、また同じ人間となって生まれ変わり、多少は違えど構成があまりに近いこの現状は、奇跡というには奇怪すぎる。
ここはディーが願ったものと、エステレラが願ったものが折り重なった、奇跡の世界なのか。
神やこの世の理を超えるほどの。
冷たくなったエステレラを抱きしめた時にディーは、初めて自分が泣いていることを知った。
愛を知らない人間だったから…
そうなる前にエステレラを救う道を探せなかった、愚かな自分を呪った。
ディーは『どうかエステレラが幸福であるように』と願った。
輪廻転生を信じていたから、その魂がいつか救われて新しく生まれ変わった時、誰よりも幸せでいて欲しいと願った。
…それは万物の神に挑む、高すぎる望みであり、術を完成するのに自らの命を対価にした。
盲目で生まれたと気付いた時に、これも対価だと気付いた。
そして…再び出会った。
前世では見ることが出来なかったあの娘の、本当に幸せそうな声を聞いた。
生まれ変わって側に居れば、それで満足だと思っていた。
だけど、あの男もまた転生していた。
ローアル。しかも記憶持ちだ。
それに今世では堂々と愛を語り、エステレラに求婚までした。
自分の地位と名誉のためにエステレラを見捨て、エスピーナと結婚した男。
あんなクズ男にエステレラは渡せない。
何としてでも、エステレラをあいつから守る必要がある。
ディーは月を見上げて、唇を強く結んだ。




