神の子孫、街に行く1
遅くなりました。再開します。
翌朝、俺はいつもの日課の素振りと瞑想をしていた。向こうの世界ではサボっていたがこっちに来てからは毎日欠かさずやっている。今ではやらないと落ち着かない程だ。瞑想のときは神霊たち(といってもルナ、シェイド、テラだけ)と精霊たちも一緒になってやっている。精霊たちの中でも集中力がある者とない者に分かれる。光、闇、土、水の精霊なんかは結構、しっかりと集中してやっている。反対に火、風、雷の精霊たちはあまり長く続かない。これは神霊たちの影響もあるかもしれない。イグニスは瞑想を始めると開始3秒ほどで寝るし、シルフとヴォルトはそもそもじっとしているのが嫌いだ。しかし、そう考えると水精霊たちは随分としっかりしている印象だ。自分たちの長であるアクアはあんな感じなのに……。逆にあんな感じだから精霊たちがしっかりしているのかもしれないな。道場を出てシャワーで汗を流し、居間へ行くと既にアリスがいた。
「おはよう。ヤクモ」
「あぁ。おはようアリス。昨日はちゃんと休めたか?」
「ええ。おかげさまで。それより、こんなにのんびりしていて大丈夫なの?」
確かに、普通なら既に家を出ていないと日暮れまでに森を抜けられない。しかし、俺には反則技みたいなのがあるからゆっくりしていても大丈夫なんだ。
「大丈夫だ。俺に任せておいてくれ。朝食を食べてから出発しよう」
「……そう。わかったわ」
俺が自信ありげに言ったからか、アリスはあまり深く追求してこなかった。俺は精霊たちが既に作ってくれていた朝食を運ぶ。自分の前に並ぶ朝食を見て、アリスは不思議そうに首を傾げる。
「どうしてこんなに早く朝食が出てくるのかしら……」
そう呟くが特に俺に聞いたわけではなかったようなので、俺は聞こえなかったふりをして朝食に手を付ける。実際に聞かれても、精霊たちのことを言うわけにもいかないのだが。
朝食を終え、食器を片付けるときにアリスが自分にやらせてほしいと言ってきた。精霊たちがやってくれるのだが、アリスに精霊たちのことを言えない以上、断ることもできずに結局アリスにお願いすることにした。食器洗いに使うスポンジと洗剤を見せたときも驚いていた。昨日の風呂の使い方を説明したときも、客間で布団を出したときも驚いていたな。確かに前の世界の物をこっちの世界の人が見れば驚くか。閑話休題。アリスに食器洗いを任せて俺はじいちゃんのガレージにやってきた。ここはじいちゃんの趣味部屋と言ってもいい場所だ。工具や発電機まである。じいちゃんは一日の大半をここで過ごしていた。そして俺を強引に連れてきてはここにあるものを自慢気に見せてきた。当時の俺はじいちゃんたちに引き取られたばかりで部屋から出るのも怖かったし、大人を信用できなかったこともあってじいちゃんたちを警戒していた。じいちゃんはそんな俺の気持ちなどお構いなしで自分の趣味の話を永遠と俺に聞かせていた。そんな時間が当時は嫌で嫌で仕方なかったが、今おもえばじいちゃんなりに俺に気を使っていたのかもしれない。……いやないな。じいちゃんがそんなことを考えるわけない。良くも悪くも強引で自分の世界で生きている人だったし。ばあちゃんも何でじいちゃんと結婚したんだか……本人に聞いても笑ってはぐらかされてしまったのでついぞ謎のままだった。まぁ、そんなじいちゃんを嫌いになれなかった俺も大概だが。なぜか人を惹きつける魅力を持っていた人だった。そんな思い出に耽っていると、いつの間にか肩の上にいた日向に声をかけられて我に返る。
『八雲、早くしないと。アリスが待ってるよ』
「そうだったな。悪い」
『どうかしたの?』
「いや、じいちゃんたちのことを思い出しちゃってな」
『そうなんだ……』
「とにかく早くしないとな。アリスを待たせちゃ悪いし」
『……うん。そうだね』
俺はガレージの中央にある“それ”をカードに収納してガレージを出た。居間に戻って見たが、既にアリスはいなかった。食器はキレイに洗われていた。俺は玄関に向かった。外に出るとアリスが空を見上げていた。
「悪い。待たせた」
「ううん。大丈夫。それで、もう出発するの?」
「ああ。準備は終わったから出発しよう。アリスも大丈夫か?」
「ええ。問題ないわ。行きましょう」
そう言って歩き出そうとするアリスを止める。不思議そうに振り返るアリス。俺は日陰になっているところに手を向ける。そして闇の精霊術を発動した。影がゆっくりと形を変える。そして黒い扉が現れた。アリスは突如現れた扉に驚いている。そんなアリスをよそに黒い扉はひとりでにゆっくりと開く。中は黒くもやがかかっていて見えない。
「じゃあ、行こうか」
「えっ!?行くって……この中に入るの!?」
「これは俺の魔法だから大丈夫。さ、行こう」
まだ戸惑っているアリスに構わず、俺は黒い扉へと歩き出す。アリスもそれを見て慌ててついてくる。扉の中に入り、黒いもやが俺の体を包み込む。とはいえ、特に不快感もなくもやの中を進む。歩き始めてすぐに光が見えてくる。大した距離ではないので出口も近いんだ。光を抜けると、そこは森の入り口だった。俺のあとに扉から出てきたアリスが出会ってから何度目かわからない驚愕の声をあげる。
「えっ!?ここって霊獣の森の入り口……どうして?さっきまでヤクモの家の前にいたのに……」
「言ったろ。俺の魔法だって。さっきの扉は俺の家の前とこの森の入り口を繋いでたってわけ」
「えっと……?」
まぁ、すぐに理解できるとは思っていない。俺もやってみたらできたのだから。俺がやったのは所謂、ワープみたいなことだ。離れた場所を繋ぐ扉を闇の精霊術で再現しただけで詳しい原理なんかは俺にもよくわからない。森の探索で家に歩いて戻るのが面倒だったので、試しにやってみたらできた。闇属性なのは、こういう空間に作用するのは闇の精霊が得意だとルナに聞いたからだ。この術のおかげで森の探索ペースが上がったんだ。とはいえ、まだこの森の半分ほど。しかもこの術、俺の行ったことのある場所にしか繋ぐことができない。まぁ、当たり前のことだと行ってしまえばそれまでだが。ワープなんてことができるようになったので、色々な場所に苦労せず行けるかと思ったんだが、そこまで都合よくはいかないってことだな。
森の入り口に扉を開いたのは、単純に俺が森から出たことがないからだ。こっちに来て三年、森の外のことを俺は何一つ知らない。一般常識なんかは母さんにもらった本で知ることができたが、それ以外は全くわからない。なのでこの扉も森の入り口にしか出せなかった。
「じゃあ、街に向かおう。案内を頼む」
「え……ええ。任せて。とはいえ、けっこう距離があるから今日中には街に着けないわね」
「ああ。それは大丈夫。これを使うから」
俺は一枚のカードを取り出して神気を込める。次の瞬間、中に入っていたものが出てくる。そこに現れたのは4つのタイヤが付いた乗り物。つまり自動車だ。じいちゃんが知り合いから安く譲ってもらった軍用車両として有名なあれだ。じいちゃんが色々とイジり過ぎてもとの部分は外観くらいでシートからエンジンまでじいちゃんの趣味の結晶と言ってもいいだろう。大型のバイク免許を取るときにじいちゃんから普通免許も取れと言われてついでに取ったので、運転はできるがほとんど乗らなかったので少し不安だが、道の状態がわからないうちにバイクに乗ると事故を起こすかもしれないので今回はこれで行く。俺は運転席のドアを開け、車に乗り込む。キーを入れ、エンジンをかける。しばらく動かしていなかったが大丈夫そうだ。しかも、前よりもエンジンの音が静かな気がする。というよりも、ほぼ無音だ。どうやらこちらに来たときにこの車も神気で動くように手を加えられているようだ。まぁ、俺はじいちゃんと違ってエンジンの音や振動にこだわりはないので気にならないが。ふと外を見ると、アリスがどうしたらいいのか戸惑っていた。そういえば説明してなかった。こちらの世界にないものだからどうしたらいいのかわからないのは当然か。一度おりて助手席側のドアを開ける。
「アリスはこっちに乗ってくれ」
「えっ……うん。わかった」
何がなにやらわかっていない感じであったが、とりあえず俺の指示に従って乗り込むアリス。俺は後ろから付いてきていた神霊、精霊たちにも乗るように指示する。彼らは後部座席だ。全員が乗り込んだのを確認して、俺も再び乗り込み、シートベルトをする。アリスたちも俺を真似て区苦戦しながらもなんとかシートベルトをする。ミラーを調整してギアを入れ、ゆっくりと走り出す。一応、街道は整備されているようで、あまり揺れることはなかった。少しの間、カンを取り戻すためにあまりスピードを出さずに運転していたが、体に覚えさせたことはそうそう忘れないようですぐに運転にも慣れてきた。
「少しスピードを上げるぞ」
「え……それってどういう……ヒッ!!」
アリスが何か聞いてくる前にアクセルを踏み込む。突然スピードが上がったことに驚き、口を閉じるアリス。神霊と精霊たちは流れていく景色を興味深そうに見て楽しんでいる。ちなみに日向は俺の膝の上で丸くなっている。最近はこうして寝ていることが多い。とはいえ、俺のそばから離れることはないが。今はアリスがいるので黙っているのだろう。そのアリスといえば今まで体験したことのないスピードに必死に堪えている。自動車のことを説明しようかとも思ったんだが……今は話しかけない方がいいだろう。馬車の速度に慣れていると時速50キロでも十分に速く感じるだろうしな。前の世界の感覚で言うと、ジェットコースターに乗っているイメージか。アリスには悪いが、あまりゆっくり行くと日が暮れてしまうのでスピードはこのまま行く。俺の感覚ではもう少し速くしたいが、これ以上はアリスが持たなそうだからな。
大体2、3時間走っただろうか。遠くに壁が見えてきた。おそらく、あれがアリスの言っていた街だろう。街道を走る馬車なんかも見える。少し街道を外れ、平原を走る。速度も時速30キロほどに落とした。
「なぁ、あれがアリスが言っていた街か?」
「……ええ。そう。あれがミルナードの街よ……」
アリスが確認してくれたのでそのまま進む。ここまでの時間で、どうやらアリスは車に酔ってしまったようだ。神霊と精霊たちは問題なさそうだが。窓の外を見ると馬車に乗る人やその周りを歩く剣や槍なんかを背負っている人が立ち止まってこちらを見ていた。少し目立ちすぎたか……自動車なんてこの世界にはないだろうから当然といえば当然だ。
ある程度街に近づいてきたので、ここからは歩いて行こう。車を停めると俯いていたアリスが俺を見る。
「ここからは歩いていこう。もう街はすぐそこだしな」
「ええ……そうね」
俺の提案にアリスはホッとしたようにシートベルトを外そうとして苦戦している。外し方を教えるとそそくさとシートベルトを外して車を降りた。日向を肩に乗せて車を降りる。神霊と精霊たちが降りたのを確認して車をカードにしまう。アリスが落ち着くのを待っている間に周りの景色を見る。平原を吹き抜ける風と草の匂いが鼻孔をくすぐる。
『いい景色だね』
「そうだな。森とはまた違っていい感じだ」
日向に同意しながら景色を楽しんでいると、アリスが立ち上がる。ようやく落ち着いてきたらしい。こちらを恨めしそうに見てくるのがちょっと怖い。
「さっきの乗り物について聞きたいところだけど、またの機会にしておくわ……」
「アリスがそういうなら俺は構わないが」
「会ってまだ間もないけど、とりあえずヤクモが非常識だっていうことはわかったわ」
酷い言われようである。とはいえ、心当たりがないこともないので、反論はしない。こういうときは反論しないのが正解だとじいちゃんを見ていて理解しているからだ。あのときじいちゃんが反論したあとの光景を思い出して鳥肌が立ってしまった。
「とりあえず、街に向かいましょう。ヤクモのおかげで早く着けたことだしね」
「あ、ああ。そうしよう」
若干、棘のあるアリスの言葉に同意しながら街へ歩き出した。
時は少し遡り、自動車で走る八雲たちを見つめる一団があった。揃いの鎧を着込んだ彼らは統率された動きで八雲たちとは逆方向、つまり“霊獣の森”に向かっていた。その中の馬に乗った身なりのい二人の人物は並んで進みながら先ほど見た光景について話合っていた。
「先程のは何だったのでしょうか……」
先に話しかけたのは紳士然とした男性。切れ長の目と動きのない表情。あくまで職務中であるため感情をあまり出さないようにしているだけで無感情というわけではない。とはいえ、それが周りに上手く伝わらないせいで部下から避けられがちというのが最近の悩みだったりする。
そんな彼が話しかけたのは彼とは真逆の印象を与える男性。乱れない程度に整えられた身なり。屈強そうな腕の筋肉と鎧のサイズを間違えたのではないかという体躯。そして話しかけられてその人物はニッコリと笑みを浮かべたが、その様はまるで野生が牙をむき出してにしているかのよう。一般人が彼の前に立ったら失神してしまうのではなかろうか。しかしながら、彼はそんな強面とは裏腹に面倒見がよく、部下からの信頼は厚い。とはいえ、最近の悩みもやはりこの強面で、最近生まれたばかりの二人目の娘に泣かれることだったりする。なんとか自分に慣れてもらおうと触れ合おうとして笑顔で近づくと更に怖がられるという悪循環に陥っている。妻や兄弟、部下たちに相談しても苦笑されるだけで、改善は見られない。本人は子どもが大好きで、しかも今が一番かわいい娘ともっと一緒にいたいのだが彼が近づこうとした途端、目に涙を浮かべる娘を前に動けなくなってしまう。そんな彼がこの一団の長だったりする。
「さてな……しかし速かったよな。馬車にしては速すぎるし、馬がいなかった」
「そうですね。あっという間に言ってしまったのでどういう形をしていたかもいまいちわかりませんでした」
「あれが向かって行った先には確か街があったよな?」
「ええ。ミルナードですね。魔獣であったら大変なことですが……」
「見たところ生き物って感じじゃなかったがな……戻るか?」
「……いえ、今から行っても追いつけませんし、魔獣だった場合は冒険者組合が対処してくれるでしょう。応援を頼むにしても我々よりも他の街からの方が早く着くでしょうから戦力的には問題ないと思われます。それよりも我々は“霊獣の森”の調査を優先した方がいいかと」
「……森の調査よりもあっちの方が面白そうなんだがな」
「職務を優先してください団長」
「わぁーってるよ。相変わらず硬いなお前。だから他の騎士たちから怖がられるんだぞ」
「自分の娘に泣かれる方には言われたくありませんね」
「それを言うなよ……なぁ、どうしたら慣れてくれると思う?」
「知りません。私には娘はいませんので」
その返答に肩を落とす団長と呼ばれた人物。こんな彼らと八雲が出会うのはもう少しあとの話。




