神の子孫、街へ行く2
暑いですね……。
街の前まで来た俺はそこにそびえる壁を見上げる。灰色で無機質なそれは外から来る者を拒むかのように俺たちの前に佇んでいる。実際にはそんなことはないが、魔獣という危険が身近にあるこの世界において街を壁で囲むのは当然なのかもしれない。壁の一角にポッカリと口を開けるかのように開放された門があった。両端に鎧を着た男性が立っており、街に入ろうとする者となにやら話している。それを待つように並んでいいる者たちが目に入る。
「私たちも並びましょうか」
「ああ。そうだな」
列はそこまで長くないが、馬車で来ている者が多いためそれなりに時間がかかった。ようやく俺たちの番が回ってきた。
「身分証を。なければ銅貨一枚を」
門番の一人が俺たちにそう言って手を出してくる。アリスは自分の冒険者証を渡す。門番はすぐにアリスに返却した。冒険者証は身分証代わりになるらしい。俺は持っていないので、銅貨一枚を門番に渡す。街に入るのに銅貨一枚は高いのか安いのかわからないがお金を出せば入れるというのは警備的にどうなんだ?中の警備がしっかりしていれば問題はないのかもしれないが、そもそもひっきりなしにやって来る人間を悪人かどうか判断するのは難しいか……。
門番は俺が銅貨を出したことに驚いた様子だった。アリスが冒険者証を出したので俺も冒険者だと思っていたのだろう。
「……確認した。ようこそミルナードの街へ」
門番は平静を装って、俺たちを通してくれた。門を抜け街に入った俺たち。精霊たちはそもそも見えないので素通りできた。ふと、精霊たちの数が増えているような気がする。確か家を出たときは土の精霊はいなかったはずだし、火と風、光に水の精霊も増えている。もしかして街にいた精霊か?仲間を見つけてやってきたのかもしれない。特に害はないので気にしないことにした。
「まずは冒険者組合ね。ライアたちのことを報告しないと」
「了解。ここから近いのか?」
「あそこを見て。剣と魔獣の絵が描いてある看板があるでしょう。あそこが冒険者組合よ」
アリスの指す方向に確かに剣と魔獣らしき絵が描いてある看板がある。アリス曰く、門の近くに置くことで依頼を受けに行く時と帰ってきたときに楽だかららしい。
アリスの案内に従い、冒険者組合へと向かう。精霊たちもきちんとついてきている。今回、一緒に来たのがシェイドとテラなので勝手にどこかへ行ったりはしない。これがシルフやヴォルトだと思うとあちこちに飛び回って大変だろう。じゃんけんで勝ったのが彼らじゃなくて本当に良かった。街にいた精霊たちも一緒についてきている。
「ついでにヤクモも冒険者登録したら?」
「うーん。そうだな……」
別に冒険者になるのが嫌というわけではないんだけど……いまいち惹かれる部分がないんだよなぁ。
『そろそろ森を出るいい機会だから冒険者になるのは悪くないと思うよ』
日向の言うとおり、こちらに来て三年が経つ。そろそろ森を出て世界を見て回ろうかとは思っていたんだ。そういう意味では冒険者証は身分証にもなるし、損はないかもしれない。考えているうちに冒険者組合に着いてしまった。
アリスが先に入っていく。それに続いて扉をくぐる。正面にカウンターがあり、5人の男女が座っている。それぞれ仕切りがあり、隣からは見えないようになっている。更に後ろには大きな棚と扉があり、組合の職員のものと思われる揃いの服を着た者たちが出入りしている。入り口のすぐそばには酒場のようなスペースがある。ようなと言ったのは、今は誰も席にはおらず、酒が並んだ棚があるカウンターの中で男性が一人グラスを拭いているからだ。ここにいるであろう冒険者たちは既に依頼を受けに行っているのだろう。酒場の反対側には掲示板があり、紙が掲示板から溢れそうなほど貼ってある。あれに依頼が書いてあるのかな。
俺が組合を観察しているとアリスは真っ直ぐに正面のカウンターに歩いていく。アリスが向かった先には女性がおり、顔なじみなのかアリスに気づくと手を振った。
「おかえりアリス。成果はどう?」
「ただいまテレス。そのことで組合長に話があるんだけど、取り次いでもらえる?」
依頼から帰ってきたときのお馴染みのやりとりなのか気楽に聞いてきた受付の女性はいつもと違うアリスの表情を見て何かを悟ったのかカウンターの後ろにある扉の中へ入って行った。
しばらくして戻ってきたテレスはアリスを手招きする。どうやら組合長に会えるようだ。
「ヤクモもついてきてもらえる?証人として私たちが会ったときのことを組合長に話してほしいの」
「わかった」
アリスが襲われたときの状況は彼女から聞いたことしかわからないが助けたときの状況を説明するには俺がいた方が信憑性が増すだろうしな。
扉を通るとそこには机が並べられていて職員がそれぞれの仕事をしている。その横を通り、階段を上がっていくと部屋がいくつかあり、テレスは真っ直ぐに一番奥の部屋に向かって行く。
部屋の扉をテレスがノックし、中からの応答を確認して扉を開ける。テレスに促されて部屋に入ると、正面に来客用のテーブルと椅子、そして机に座る壮年の男性がいた。彼は俺たちを確認すると持っていた書類を置き、立ち上がった。
「テレス、ご苦労さん。とりあえず座ってくれ」
男性に促されて俺とアリスは椅子に座る。テレスは一礼すると部屋を出ていった。
「そちらの彼ははじめましてだね。私はこの冒険者組合ミルナード支部の支部長をしているトッド=メイルだ。とはいえ、職員からも冒険者からも“支部長”としか呼ばれていなくてね。最近は誰も私の名前を覚えていないのではと思い始めているよ」
「…………よろしくおねがいします。俺はヤクモ=クシナです」
いきなりの自虐ネタに反応に困ったが、とりあえず自己紹介をすることにした。自虐ネタに関してはスルーだ。この手のネタはいつものことなのかアリスも無視している。
「よろしくね。それでアリス、何やら急いで報告したいことがあるそうだね。……確か君はライアたちと依頼を受けたはずでは?」
自分のネタがスルーされるのもいつものことなのかトッド支部長はすぐに本題に入った。
「ええ。その通りよ。彼らと一緒に依頼を受けてそして彼らに襲われたわ」
「…………それは穏やかじゃないね」
アリスが話し始めると支部長の顔つきが変わった。アリスに話の先を促し、アリスが体験したことを話す。ゴブリンと遭遇し、後ろからライアたちに襲われたこと、そしてデスマンティスが現れライアとシーブが殺されたこと、フラウが逃げてそれをデスマンティスが追いかけて行ったあとフォレストエイプがやってきて俺に助けられたこと。それらを報告しているとき、支部長は一言も話さず、ただ眉間のシワが増えていくだけだった。アリスが全てを話し終えると深い溜息をついたあとアリスに向かって頭を下げた。
「申し訳なかった」
「どういうこと?」
「……前々からライアたちについては奴隷商人と結託して人さらいをしていると噂があってマークしていたんだ。しかし証拠がなく対応が後手に回ってしまった。その結果、君を危険に晒してしまった。本当に申し訳ない」
確かにアリスの話を聞くと、今回が初めてではないんだろう。既に被害者が出ているようだし、組合としてもライアたちは要注意人物だったということか。しかし証拠がないから奴らを拘束することもできずに、今回アリスが被害にあったというわけだ。たまたまデスマンティスが現れなければ俺も間に合わなかったかもしれない。それにデスマンティスが最初にアリスを狙った可能性だってあるんだ。それを考えて支部長はアリスに謝罪をしているんだろう。
「私も奴らのことをきちんと確認しないで依頼を受けたから責任は私にもあるわ。それに結果的にヤクモが助けてくれたから無事だったしね。今回のことは教訓にしておくわ」
「そう言ってくれると助かるが……。とはいえ、今回のことを未然に防げなかった責任は私にある。何か要望があれば可能な限り叶えるがどうだい?」
アリスとしては自分にも責任はあったし、結果的に助かったわけだからそれでいいと思っているようだが、支部長はそれだと納得できないんだろう。
「なら、被害にあった分をフォレストエイプの素材の買取金額に上乗せしてくれる?」
「了解した。しかし、素材の状態によってはできないよ。状態の酷い素材に高値をつけると他の冒険者たちに示しがつかないからね」
確かに、色をつけるに値する状態の素材でなければ自分たちの素材も高く買い取れと冒険者たちが言ってくるのは目に見えている。
「その点については問題ないわ。見てもらえばわかるけどほとんど傷がない状態だから」
俺が影で貫いて殺したフォレストエイプたちは一撃で仕留めたので傷はほとんどない。あの状態なら買取金額に色をつけても他の冒険者たちから不満がでることはないだろう。
「それは後で実際に確認させてもらおう。他にはないかね?」
「……そうね。じゃあ、ヤクモの冒険者登録をお願い」
「もっと要求しても問題なんだけど、本当にそれで良いのかい?」
「ええ。既に終わったことだし、今後の対応をしっかりしてくれれば問題ないわ」
随分と欲がないというか……というよりアリスはこの件を早く終わらせたいのかもしれない。実際、今回の犯人たちはほとんどデスマンティスに殺されてしまったし、逃げた一人もデスマンティスが追っていったので生存は絶望的だろう。
奴隷商人の方はアリスと直接の関係はないわけだし、アリスとしてはさっさと報告を終えたいというところか。
「わかった。ならこれでこの話は終わりにしよう。じゃあ、最後に彼の登録手続きをしようか」
支部長は自分の机の引き出しから書類を取り出す。それをこちらに差し出してくる。用紙を受け取って目を通す。内容は思ったよりの簡素で、名前、使用武器、魔法の属性、最後にソロ希望かどうかも書くようになっていた。
「これは全て記入しなければならないんですか?」
使用武器はともかく、魔法の属性などはあまり他人に教えたくない情報のはずだ。活動するうちに使用魔法はバレるが奥の手として誰にも言わずにいる属性だってあるかもしれない。
「名前以外は任意としているよ。緊急依頼なんかのときに使用武器と魔法属性を知っていれば的確に戦力を配置できるからできれば教えてほしいけど、武器はともかく魔法属性はあまり知られたくないという冒険者が多くてね。ただそういう情報を教えておいてくれるとパーティを組むときに組合からも紹介しやすくなる」
なるほど。新人なんかには良いかもしれないな。ソロで依頼を受けるのが難しい者はパーティを組みたいだろうし、組合が仲間を紹介してくれるというなら信用もしやすい。
俺は支部長の言葉に頷き、名前と使用武器のみを記入して支部長に渡した。魔法属性を書かなかったのは自分の特殊な立場によるものが大きい。魔法属性を書いてそれを見せてほしいと言われたらやらざるを得ないし、実践して自分の術が魔法とは違ったものだと気づかれる可能性もある。特殊な魔法と勘違いしてくれればいいが、万が一精霊術と知られると面倒だと思ったんだ。それに特に仲間を組合から紹介してもらおうとは思わないというのも理由の一つではある。
「ふむ……ソロ希望のところに記入がないということはパーティは組むつもりなのかい?」
「その辺りはまだなんとも……いずれ組むかもしれませんけど」
「わかった。それじゃあ、この銃というのはどういう武器なのかな?」
予想はしていたが、どうやら銃という武器はまだこの世界に普及していないらしい。俺はコートの内側のホルスターから“神銃 大蛇”を取り出して支部長に見せる。支部長は大蛇を見つめ、しばらくしてから首を傾げる。
「思ったよりも小さいんだね……これはどういう武器なのだろうか」
「小さな鉄の塊を火薬の力で撃ち出す武器です。弓矢と同じように遠距離から敵を攻撃できます」
俺の大蛇は神気を弾丸に変えて撃ち出すのだが、言う必要もないので一般的な銃の概要を教える。俺の回答に支部長はしばらく考え込んだあとはっと顔を上げる。
「そういえば帝国が似たような物を研究していると聞いた覚えがある。それは鉄の塊ではなく魔法を撃ち出す物だったはずだ」
帝国か……やはりこの世界の住人も銃の有用性に気づいたのか。しかしなぜ魔法を撃ち出すようにしたのだろう。弾丸を魔法で撃ち出すならまだしも魔法を撃ち出すのは効率が悪いような気がするが……。
「その研究は成功したんですか?」
「いや……最初は帝国内でも注目されたらしいけど、結局うまくいかなかったと聞いたよ。同じ魔法を撃ち出すのに人間が発動する三倍の魔力を消費するらしくてね。効率が悪すぎて次第に誰も見向きもしなくなっていったって話さ」
まぁ、そりゃそうだよな。三倍も魔力を消費するのならすぐに使用者の魔力が尽きてしまうし、普通に魔法を使った方が遥かに効率がいい。この世界は良くも悪くも魔法に縛られてしまっているということか。それにしても……
「詳しいんですね。支部長」
「まぁ、組合の情報網があるからね。ある程度の情報は入ってくるよ」
他国の失敗した研究の情報も入ってくるとは、組合の情報網も侮れないな。
「まぁ、何にせよ、登録用紙は受理したから帰りに受付で冒険者証をもらってね。詳しい説明は受付でしてくれるから」
「わかりました」
「じゃあ、これで僕の話は終わりだ。わざわざ来てもらって済まなかったね」
とりあえず支部長への報告と冒険者への登録は終了した。あとはミルナードの街を観光していくとしようか。
支部長に挨拶して部屋を出た俺とアリスは来た道を戻り、受付までやってきた。依頼に行っていたであろう冒険者たちもちらほら戻ってきている、テレスが受付にいたのでそこに行く。
「あら、支部長への報告は終わったのね」
「ええ。彼の冒険者登録もしてきたわ」
「そうなのね。改めてようこそ冒険者組合ミルナード支部へ。歓迎するわ」
「ありがとう。それで受付で冒険者証を貰えるって聞いたんだけど」
「ええ。ちょっと待っててね」
テレスはそう言って受付の奥にある部屋へと入っていった。冒険者証を取りに行ったんだろう。
「失礼。少しよいでござるか」
テレスを待っていると後ろから声をかけられた。……ん?ござる?違和感を感じながら振り返ると深紅の髪を後ろでまとめ、着物に袴、腰に刀を差したいかにも侍の少女が立っていた。
さて、次回はかなりお久しぶりな登場になりますね。前の「白き探索者」では一回出してから全く出せていなかったので今回は登場回数を増やしていくつもりです。せっかくアイデアをいただいて作ったキャラなので。




