そして、楽しき日々は続く
『新郎新婦、前へ』
大勢の招待客が見守る中で、シモンとライムはゆっくりと歩を進めます。
その先の祭壇前に見えるのは女神の姿。流石に幼児ボディでは威厳が足りないと思ったのか、現在はこれまでと同じく神子の身体を借りていました。
「わぁ……ライムさん、素敵……」
「うん、本当だね。ルカ君だって、そう遠くないうちにあっち側を歩くことになるんじゃない? ね、ルー君?」
「お、おう。アイも手がかからなくなってきたし、まあ、ぼちぼちと……いや、今は俺達よりもシモンさん達を見てないと」
マナー的にはあまりよろしくないのでしょうが、滅多に見ないほどの絶世の美男美女が新郎新婦とあってか集まった人々のヒソヒソ声が収まる様子はありません。
元より本日集まっているのは主役二人と親しい間柄の者ばかり。お喋りの内容はどれも好意的なものですし、鍛え抜かれた感覚で話し声を残らず捉えているであろうシモンとライムも、むしろこうした反応を嬉しく思っているのが表情からも伝わってきます。
そうして新郎新婦は女神の前へ。
女神の、というより憑依先の神子の顔は、五年前の例の夢で世間に広く知られてしまいました。その正体についても大なり小なり察している人は少なくないでしょう。
今更ながらに儀式を取り仕切っているのが誰なのかに気付いた客達が驚いている気配もありますが、今回の出席者の多くは学都か迷宮都市のいずれかに住んでいるわけで。そのどちらの街もトラブルの発生率が異様に高いせいか、住人の肝は相当に据わっています。たとえ目の前に神様がいることに驚いても、式をブチ壊しにするほどのリアクションはなさそうです。
『皆様、どうかご静粛に。本日の式は新たに夫婦となられるお二人の希望により略式にて。後日、首都に場所を移してから新郎側の親族をお招きして、改めて本式による挙式を執り行う予定です』
澄ました顔で言っていますが、よりプレッシャーがかかるであろう本式ではなく略式で済ませられて一番助かったのは女神自身でしょう。今回は親しい身内ばかりの砕けた場なのでわざと簡略化しましたという口実があれば、ちょっとくらい段取りを間違えても誰も疑問に思いません。
『夫、シモン。貴方はいつ如何なる時も妻を愛し、支え合い、守り続けることを誓いますか?』
「はい、必ず」
『妻、ライム。貴女はいつ如何なる時も夫を愛し、誠意を尽くし、共に在り続けることを誓いますか?』
「はい」
このあたりの流れは、どこの世界でも似通った流れになるようです。
二人が誓いの言葉を口にしたのを見届けると、女神が祝福の聖句をどうにかつっかえずに最後まで唱え、そして。
『では、誓いの口づけを』
シモンとライムは少しばかり恥ずかしそうにしていましたが。
「ライム。俺達はずっと一緒だ」
「うん。私もずっとシモンと一緒」
軽く唇が触れる程度の口づけを。
直後、集まった人々からの喝采が雨あられと降り注ぎました。
◆◆◆
そうして式を終えた後のこと。
「やあやあ、ご両人。これから貸し切った料理屋で大宴会だっけ?」
「うむ。レンリと神子殿が二人揃っても食い切れぬほどの大ご馳走を用意してもらっておるからな。遠慮なく楽しんでいってくれ」
「それはもう。遠慮がないことにかけて右に出る者はいないと自負している私だよ」
無事に本番を終えられた安堵もあってか、ようやく緊張感から解放されたシモンとライムは家族や友人達との歓談に興じていました。これから手配しておいた馬車に分乗して、ご馳走の山が待っている料理屋へと移る段取りになっています……が、飲み食いを始める前にやるべきことを済ませておいたほうがいいでしょう。
「おっと、ここにいたか。シモンさん達、ちょっと時間いいですか? お二人を中心にして、皆で集合写真なんてどうかなって」
「おお、それは願ってもない。頼めるか、ルグ?」
「任せてください! これでもプロの端くれですから」
さっきの式の途中でもシャッター音を鳴らさぬよう撮ってはいたのですが、それだけではとても満足いくまで撮り切ったとは言えません。
早速、神殿前の開けたスペースに皆で集まり記念撮影の準備をば。新郎新婦を真ん中に、小さい子供とその保護者は前列に、それ以外はまとめて後ろに。集まった全員が一枚の写真に納まるようギュウギュウに詰めていきました。
『ちょっと、お姉さん。そんなに押したら我の髪型が崩れちゃうの!』
「ウル君こそ、もう少しそっちに詰めたまえ!」
「こら、そこ! めでたい場でいつもみたいにケンカするんじゃないっての。ああ、後ろの人達、神様連中に遠慮する気持ちは分からなくもないけど、もうちょっと詰めて下さいね……一度に全員ってのは欲張り過ぎたか?」
構図を考えるルグも四苦八苦していましたが、それでもどうにか形になりました。
「さ、皆さん笑って笑って。はい、三……二……」
『そうだ、我ってばとっても良いことを思いついたの。それっ!』
シャッターを切る寸前になって、ウルが付近の床や道路を一面の花畑にしてしまったのはご愛敬。皆、驚いていましたが、これはこれで嬉しいサプライズと言えなくもありません。シャッターを押したルグが急いでデジタル一眼レフカメラのデータを確認してみましたが、ちゃんと良い写真になっていたのでカメラマンを請け負った彼も一安心です。
「ほらほら、ルー君。今度はキミも入るといい。そのカメラってタイマー撮影とかできるやつ? それとも誰か撮影代わるかい?」
ここからは更に写真に入る顔ぶれを変えたり、少人数のグループだけで撮ったりと。新郎新婦と一緒に写真を撮りたがるのはいいとして、勇者達や神々とのツーショット写真を撮ってもらいたがるリクエストが殺到したのにはルグも苦笑していましたが。
「ふふ」
「おや、ルカ君。どうかしたかい?」
「うん、あのね、なんだかとっても……嬉しいな、って」
「ははっ、まったくだね。嬉しいし、楽しい。願わくば、こんな日がずっと続いて欲しいものだよ」
きっと、その願いは叶うでしょう。
人間も、神も、それ以外も。
誰もが心から笑い合う、この幸せな世界の中で。
◆◆◆
今ではない何時か、此処ではない何処かのお話です。
とある街の真ん中に奇妙な迷宮がありました。
偉大なる女神が創りし七つの迷宮。
いずれ神となるよう作られた、とびきりヘンテコな迷宮達です。
まだ幼い迷宮達はいずれも一筋縄ではいかぬ問題児揃い。
迷宮の中でも外でも、とんでもない大事件が日常茶飯事。
深く関わった誰も彼もが大変な目に遭ったものです。
しかし、それでも誰も諦めることはしませんでした。
見捨てず、諦めず、どんな時でも楽しむことを忘れない。
まあ、ちょっとばかり度が過ぎることもあったかもしれませんが。
その甲斐あって、迷宮達はとうとう神へと成りました。
更には、絶望に沈んでいた女神を救い出すことさえできたのです。
こうして皆で辿り着いたのが、神と人とが肩を並べて共に歩むこの世界。
七つの迷宮という階によって繋がれた新たな時代。
この優しい世界の中で、彼女達はいつまでも幸せに暮らしました。
――――そして。
そして、彼女達の物語は終わらない。
これからも、何処までも、楽しき日々は続いていく。
◆◆◆◆◆◆
以上で本編完結となります。
長い間のご愛読ありがとうございました。
今後の迷宮シリーズの展開や完走した感想につきましては、本日中(2025/12/31)に活動方針のほうにまとめますので、ご興味ありましたら作者ページよりご覧ください。
本作がゴールまで辿り着けたのは読んで下さった皆様のおかげです。
繰り返しになりますが、ここまで長い物語に最後までお付き合い頂きありがとうございました。




