もうちょっとだけ先の未来⑥
そして翌日。
前日に引き続いて空はどこまでも青く澄み渡り、まさに最高の結婚式日和。トラブルに愛されがちな顔が一人二人ならずおりますが、幸いにも今のところは妙な事件の気配はなさそうです。
『ふふ、そう緊張なさらずに』
『くすくす。皆様、お勤めご苦労様です』
『気楽。推奨。そうそう、今日の主役はあくまで新郎新婦の二人だからね。我々のことは置き物みたいなものと思って、気を楽にするといいよ』
「そ、そう仰られましても……」
あるいは、他ならぬ彼女達こそがトラブルそのものであるのやも。
結婚式に出席するとあって普段よりめかし込んできたゴゴやネムやヨミの前では、式の仕切りを任された神官達がなんとも困った顔をしています。
式の会場は学都内にある女神を祀る神殿。
そこに勤める神官達にとっては冠婚葬祭の儀式など慣れたものであるはずが、今日に限っては代表たる神官長から一番下の見習いまでガチガチに緊張しきり。この学都の神殿で王族の婚礼を行うの自体が初めてですし、それ以上に出席者の顔ぶれに恐れ慄いているのでしょう。
なにしろ七柱の幼い神々に加えて、魔王や二代目および三代目の勇者。
普段は過度の注目を集めぬよう注意しているリサも、可愛い弟分妹分の結婚式とあってか本日ばかりは素性を誤魔化す気はないようです。神殿の入口で招待客の入場受付を担当していた神官は、驚きのあまり白目を剥いて泡を吹いてしまいましたが。
しかし、常識的かつ一般的な感性を持つ神官達にとっての試練はここからが本番でした。
「レンリ様、どうもご無沙汰しております」
「やあ、神様……じゃなくて、その雰囲気は神子さんか。キミも呼ばれてたんだ?」
「ええ、どうにかお仕事を終わらせて、今朝早くに列車で学都に参りました」
「間に合って良かったね。ところで」
女神の依代たる神子、だけであれば神官達もまだ耐えられたのでしょうが。
神子のすぐ隣には彼女に手を引かれながら歩く、見た目三歳児ほどの幼女が並んでおりました。神子にそっくりな雪のように白い髪は、事情を知らなければ姉妹か親子のように見えるでしょう。
「さっきから気になってるんだけど、その子はどこのどちら様? もしかして産んだ?」
「ふふ、いえいえ。それも素敵なお話ですけれど、そういうわけではないのです。これは……さぷらいず成功でしょうか?」
『思ったよりリアクションが大人しめで物足りない感もありますけど、まあ、そこはレンリさんですからね。どうも、お久しぶりです。お察し通りの女神ですよ』
白髪幼女の正体はレンリもよく知る女神そのもの。
このスモールボディについては、たまたま神子と同じような特異体質の人間がどこかに生まれたのを連れてきた……というわけではありません。
『ほら、ウル達を創ったノウハウもありましたし、神力のリソースにも余裕ができましたから。実は前々から学都の聖杖でこの身体を創っていて、今日はその初お披露目ですね』
「へえ、なかなか可愛らしくなったものだね。これなら神子さんが忙しい時にも自由に動けるだろうし……あれ? でも、ウル君達のノウハウを活用したにしては、ずいぶん幼い姿のような? そういう性癖?」
迷宮達は迷宮として創られた当初から、大体人間の十歳児相当の外見や人格を有していました。そのノウハウを流用したというのなら、最初から同じくらいの見た目になっていそうなものですが、別に女神に幼女になってみたい特殊な欲求があったからというわけではありません。
『いえいえ、そういうワケではなくてですね。迷宮の皆のノウハウに加えて、ゴゴがユーシャさんを創った時の発想も拝借しまして。こちらの神子にご提供願った血液や皮膚片を材料にクローン的な要素も混ぜ混ぜして、わたくしが無理なく憑依して操れるようにですね』
「今ちょっと読み仮名おかしくなかった? まあ、いいや。察するに、あれもこれもと欲張ったせいで製造に着手するのが遅れたり、ヒト由来の要素をミックスしたことで普通に新しい神を創るよりも成長スピードが緩やかになっちゃったってところかな」
『ええ、お話が早くて助かります』
真相としては、こんなところでした。
人間と同じような趣味や仕事にあれこれチャレンジしてみたい女神にとっては、今のボディは体格が小さすぎて不便なのですが、当分は今まで通りに神子の身体を時折借りるようにすれば概ね問題はありません。
『ふふふ、この身体には皆の特長を遠慮なく盛り込みましたからね。いずれ育ち切った暁には生物・非生物を問わない変身やら生成やら、怪我をすぐ治せる回復力やらも全部盛りのスーパーゴッドになる予定です……今はまだ無理ですが。痛覚を任意でカットできるようにもなるはずなので、いくら包丁で指を切っても安心ですね……今はまだ無理ですが』
「うんうん、それについては早く上達する方向でカバーすることをオススメするよ」
将来的には大きな可能性を秘めているものの、現在はまだまだ見た通り普通の三歳児相当の身体能力しかありません。あれもこれもと欲張りすぎてしまったせいで、成長速度を犠牲にした弊害でしょう。
「まあ今日は知り合いも大体集まってるし、顔見せには良いタイミングなんじゃない? ああ、そこの神官さん達も聞こえてました? この子、貴方達がいつもお祈りしてる神様だってさ」
友人としての信頼や親愛は人一倍あっても、偉大なる神を敬う方向での信心などほとんどないレンリらしい迂闊さです。たまたま話し声が耳に入るほど近くで彼女達の会話を聞いていた神官達、それも婚礼の儀式ができるような高位の者達が、自分達が崇める神の玉体を世界で初めて目の当たりにした感動と興奮と畏敬のあまりに糸が切れたようにバタバタ倒れてしまいました。
『ちょっとちょっと、どうするんですかレンリさん! もうすぐ式本番ですよ!?』
「こらこら、迂闊だったのは気軽に人前に出てきた神様もだろう? ふむ、倒れた人達は別に頭を打ったりはしていないようだね……よし、ここはどうにか誤魔化して我々の罪を隠蔽する方向で協力しようか」
『ええ、では倒れた皆さんに関しては偶然にも同じタイミングで貧血を起こしたとかで。ああ、そこの通りすがりの見習いの方。わたくしは見た通りごく普通のお子様ですが、医務室などあればこちらの皆さんを運んでいただけますか?』
流石に共犯者としての年季が入っています。
レンリと女神は阿吽の呼吸で流れるように被害者の存在を隠蔽し、ここにいない面々をどう誤魔化すかという方向に話題がシフトしていきました。彼女達のすぐ横でニコニコ微笑みながら見守っている神子の存在が恐ろしくはありますが、結婚式を成功させるのが第一だとの考えからか今のところは手も口も出す気はなさそうです。
「問題は、肝心の式の仕切りをどうするかだよね。私は神殿の仕組みには明るくないけど、こういうのって神官なら誰でもいいってわけじゃないんでしょ?」
『ええ、大抵は結婚する当事者達に合わせた相応の格が求められますね。格の内訳に関しては役職なり年齢なりケースバイケースな部分もありますけど。特にシモンさんは王族ですし、見習いの方の練習がてらにパパっと済ませるというわけにはいかないかな~、って』
「尻拭い押し付けられる見習い諸君にも気の毒だもんね。それに、こっちの不注意で友人の結婚式を台無しにするのは、いくら私でも気が引けるというか…………あ、なんだ簡単じゃないか!」
『おや、流石は天下一のトンチ名人と評判のレンリさん。早速、名案を閃いたようですね!』
「え、私ってばそんな方向でも有名なの? どっかのお坊さんじゃあるまいし……いや、その件はどうでもいいとして。よくよく考えたら、どんなにお偉い神官よりもずっと偉い適任者が最初から目の前にいたじゃあないか。ほら、長年見てきたわけだし大体の儀式の流れくらいは把握しているだろう?」
『え、あのぅ……まあ、はい一応は。でも、わたくし自分でそういうのやったことはありませんよ?』
「大丈夫、大丈夫。これも貴重なチャレンジの機会と思っておきたまえ。そうだ、その体格じゃ後ろの席に座ってる人には見えないだろうし適当な台を借りてこないと。それとも式の間だけ神子さんの身体を借りることにする?」
『あ、もう決定事項として進めるんですね。分かりました、やりますよ……もし聖句の暗唱をトチったりしても、そこはゴッド権威のゴリ押しで』
「うんうん、ちょっとくらい間違っても堂々と言い切れば大抵の聴衆はなんとなく雰囲気に流されてくれるものだからね。ははっ、だんだん調子が出てきたみたいじゃあないか」
人知れず結婚式が中止や延期になりかけた危機は、こうして部外者に漏れることなく秘密裏に解決されました。神子は困ったような苦笑を浮かべていますが、どうやら今回の判定はギリギリセーフ。ここで事を荒立てるよりも友人達の式が恙無く進むほうを優先したのでしょう。
事件解決ではなく犯行の隠蔽に成功しただけという見方もあるかもしれませんが、まあどっちだろうと大体同じようなものでしょう。『何もない』があったのです。
「おっ、何やらあっちが盛り上がってるね。たしか新婦側の控え室がある辺りだったかな?」
『ライムさんのお着替えが終わったみたいですね。では、早速冷やかしに参りましょうか』
式本番までは、あと僅か。レンリと女神と神子は、最初から何事もなかったかのように花嫁の顔を拝みに行きました。
あと二話で完結です。




