ちょっとだけ先の未来⑦
本日二話目の更新です。
順番飛ばしにご注意ください。
昨今、日本のみならず地球の国々は魔力という未知のエネルギー、そして未知のエネルギーを運用するための魔法という技術の研究を急務としていました。
どこかの魔王が強引に押しかけ、そういった未知の技術体系が存在することが公に明かされた。もっとも実際のところは、それ以前の遥か昔から純地球産の魔法使いが社会の裏で細々と技を伝えていたりもしたので完全に未知というわけでもなかったのですが。そういった現地技術者の事情など一切考えもせずに、秘伝として伝えられてきたのと同種のモノを世間にドドーンと大公開してしまったのは……まあ、そのあたりの事情は今は大して関係ないので別にいいとして。
もちろん、メリットは多々ありました。
これまでの科学技術では不可能とされていた物事が魔法によって可能となり、また既存科学との組み合わせで有用な新技術も次々生まれる。それによって人々の暮らしも次第に便利になっていき……と、良いこと尽くめのようではありますが、実は喜んでばかりもいられません。
いえ、社会の多くを占める民間人が、そうした恩恵を無邪気に喜ぶのは大いに結構。ですが、政治家や軍事関係者など社会の安寧を守る責任を有する者達までが同じようではいけません。
魔法や異世界といった存在が地球各国にとってプラスに働いたのは、あくまでそれをもたらした魔王が底抜けのお人好しだったからにすぎないのです。
魔王が初めて各国首脳陣が集う国際会議会場にドラゴンで乗り付けた時も、その後に技術の検証だのなんだのと理由を付けては銃や爆弾に効果がないか調べた時も、この恐るべき異世界人には既存の科学兵器の一切が通用しなかった。国防に携わる人間にとって、こんなに恐ろしい相手はいないでしょう。
その魔王については問題ないとしても、地球の人々はすでに異なる世界や未知の技術体系が存在するということを知ってしまった。それがある日いきなり地球にやって来るかもしれないという可能性に気付いてしまったのです。
今の地球は偶然によって生かされている。
もし次に同じような異邦人が来たとして、それが魔王のように友好的とは限らない。いつか敵対的な存在がやって来た時に備えて、魔法や類似の超能力についての研究を重ね、対抗手段を用意するなり自分達で扱えるようにするなりすべきである。もちろん物騒な方面だけでなく、商売や工業への応用が可能な知識や技術も多ければ多いに越したことはない、と。
そんなこんなで日本のお偉方としては、魔法について誰かに教えられるほど詳しい異世界の人材がノドから手が出るほど欲しかったのは想像に難くありません。できれば日本の言語や文化に精通していれば、なお好ましい。
しかし、世の常として優秀な人材ほど多忙なもの。
向こう数年のスケジュールがギチギチに埋まっているのは当たり前。どれだけ法外な報酬を提示しようとも、各々が所属する研究機関などへの義理もあって今すぐ行くとはいきません。
ああ、どこかに十分な知識や技術があるにも関わらず、日がな一日ヒマを持て余してブラブラ遊んでばかりいるような都合の良い人物はいないものだろうか、なんて。
異世界での各種工作任務に当たっていた外務官や自衛官に心当たりを聞いてみたお偉いさん方も、まさか本当にそこまで都合の良いヒマ人がいるとは思ってなかったのでしょうが……なんか、一人だけいました。
◆◆◆
「というわけで、あっちの大学で教えることにしたから」
マールス邸に呼んだ友人達の前で、レンリはあっさりと告げました。
すでに職場となる東京都内の国立大学を見学し、更にはコスモスの伝手で日本での活動拠点となるマンションの契約まで済ませています。
なにしろ学都から東京までは、界港での各種審査込みでも片道一時間そこそこ。思い立ったが吉日とばかりに動き出し、さっさと新生活の準備を始めてしまったのです。
「教えることにしたから、じゃないですよ!? いーやーっ! いーやーでーすぅー!」
ですが、友人達にとっては寝耳に水。
特にレンリを慕うアンナリーゼ達お嬢様軍団の嘆きぶりは大変なものでした。
なにしろ、綺麗なドレスが汚れるのも意に介さず床をゴロゴロ転がって抗議するほどです。もう少しすれば念願の秘密基地も完成し、夢の同棲生活スタートだと希望に満ち溢れていた矢先にこの仕打ち。なんと酷い裏切りでしょう。
「別にすぐ行って帰って来れるんだし、毎週末の休みには帰ってくるから大丈夫だって。どうせ元々、完全に叔父様の部屋から引っ越すんじゃなくて週のうち二日か三日くらい使える場所があればいいなって感じだったし」
まあ、別に今生の別れというわけではありません。
よっぽど多忙な時期はともかく、それ以外は毎週のように帰ってきて秘密基地に泊るのなら、会う頻度そのものは学都にいるのと大して変わらないでしょう。アンナリーゼ達の抵抗もこれで大きく勢いを減じました。
「ていうか、キミ達もいつでも遊びに来ればいいんじゃない? マンションの合鍵を多めに作って皆に渡してもいいし。アン達が自由に日本と行き来する許可も、まあ四人分くらいなら頼めば多分すぐもらえるとは思うし」
式典前の工作活動に協力した面々に関しては、すでに自由に行って帰ってこれる特権を有しているので問題なし。それ以外の友人達の許可に関しても優秀な教育者を招く対価としては安いもの。恐らくは問題ないでしょう。
「結局、家業と似たような真似をすることになるとは思わなかったけどね」
レンリの実家のお役目は王族の教育係。
面倒事は次期当主である姉に押し付けて自由に暮らせると思っていたのに、結局は似たような仕事をする羽目になったのに彼女としても思うところがないわけではないのですが、これも『慈愛の呪い』の影響下から逃れるため。
あとはついでに自分が教える以外の時間に興味がありそうなジャンルの講義にお邪魔してみたり、美術館に収蔵された刀剣類を見て回ったり、あちこちのお店に足を運んで日本のグルメを堪能したり。
そんな予定をつらつらと考えていたら、なんだか日本での新生活が楽しみになってきてしまった面もあったりして。それで面倒くさい気持ちと秤にかけたらトータルで楽しみ側のほうに傾いたからこそ、こうして日本での新生活を始める決心をしたのでしょう。
『やれやれ、まったくお姉さんってば世話が焼けるの。でも、我が一緒にいればくるくる髪のお姉さん達も安心ね』
「ははは、そう言って本当はあっちのゲームや漫画を発売日に手に入れるのが目的だろう?」
『てへっ、バレちゃったらしょうがないの』
レンリの日本行きには、ボディーガード兼お留守番兼抱き枕兼遊び相手としてウルも同行する予定(ちなみに彼女の言う『くるくる髪』とはアンナリーゼの金髪縦ロールを指しています)。
普通に同居するだけでなく、レンリ自身の肉体を使用した人体実験を兼ねて細菌状に変身したウルの分身を体内に入れて常時守ってもらっているので、ミサイルが急に飛んできたくらいのトラブルなら特に怪我をすることもないでしょう。
「ま、まあ、ウルさんがそう仰るなら……」
神様を相手に強気に出るのは流石に躊躇われたのか、強情なお嬢様達もとうとう折れました。まあ当初の予定とは異なりましたが、合鍵を貰う件については確約させましたし、彼女達としても世間一般に先駆けて日本に行けるのは悪い話ではありません。観光にしろ商売にしろ、特権を得た暁には最大限に活用することとなるでしょう。
他の仲間達については、もちろん多少の寂しさはあるものの元より表立って反対はしていませんでした。ルグなどはすでに新しい仕事で頻繁に日本とこちらを往復していましたし、要はそれと似たようなもの。ほんのちょっとだけ今より遠くに引っ越すだけの話です。
「あ、この感じ。なんだか初めて学都に来た時みたいだね」
新しい環境に身を置く際の、期待と不安が入り混じった奇妙な感覚。
初めてレンリが学都に来た二年半ほど前にも似たような高揚感を覚えたものです。他の皆も大なり小なり同じような気持ちを味わったことはあるでしょう。
果たして、今度はどんな出会いやトラブルが待っているのやら。流石に学都での日々を超える頻度で、世界の危機に遭遇することはないと願いたいものですが。
「うん、実に楽しみだ」
きっと騒々しくも楽しい日々になるだろう。
何の根拠もなくとも、レンリには自然とそう信じることができました。
エピローグの前半戦は今回まで。
次回からは一気に数年進んでエピローグ後半戦となります。




