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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』

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ちょっとだけ先の未来⑤


 あの式典の日から大体半年ほど経った頃。



「ええと、これでさっき作った俺のアカウント? に、ログイン? できたと思うから、保存した写真をアップロード? ……ちゃんとできてるのか全然分からん」


「ははは、まだまだ疑問符が多いね。でも、問題なくできてるから安心したまえ」



 この日、ルグはマールス邸二階のレンリの部屋にお邪魔していました。

 レンリの私物であるパソコンを借りて、その使い方を教わっているのです。


 異世界との交流が公式に始まったことで学都にも基地局が設置され、地球圏のインターネットへの接続も可能となりました。様々な新技術や便利な道具の数々も入ってきたわけですが、好奇心旺盛な技術者や学者でもない一般の人々は、まだその利便性を理解するより前の段階でしょうか。


 レンリは以前に魔王から購入した魔力変換式の発電機を所有していたので問題なく使えますが、それ以外の多くの人々が電子機器を使うためには、それなりにまとまった額のお金を払って街外れの界港横に新設された発電所から電線を引く工事をしないといけません(ちなみに発電方式はクリーンで安全な魔力発電。土地の魔力を吸い上げてお湯を沸かし、蒸気圧でタービンを回すいう、既存の鉄道に使われている動力機関の規模を大きくした形です)。


 電線を引く費用は目玉の飛び出るような高額というほどではありませんが、日本人の金銭感覚で言うなら中古車を一台買い求めるくらいの負担にはなるでしょうか。景観への影響を考慮して電線は現状地下ケーブルのみ。必然的に道路を掘り返す工事も必要になるため、まだまだ日本の住宅にネット回線を引くほどお手軽にはいかないのです。


 とはいえ、同様の工事をする人がどんどん増えれば、新たに穴ぼこを掘る手間も減って費用も少しずつ下がっていくでしょう。

 実際、領主館や大学や騎士団、資金に余裕のある商会などは、先行投資や研究を兼ねて早くもネットワーク環境や数々の電気製品を導入しています。この調子なら、あと何年かすればこの街の住人達も当たり前のようにスマホを使いこなす日が来るのかもしれません。




 さて、学都のインフラ事情についてはこのへんで。

 急にデジタル文化に目覚めたルグに話を戻しましょう。



「お? なんか数が増えたけど、これって誰かが俺の写真を見たってことか?」


「うん、そういうこと。まだフォロワーが少ないから伸び率は大して良くないだろうけど、そこは今後の課題かな。とりあえず私もフォローして、あとは知り合いにメッセージ飛ばして拡散頼んでおけばいいかな?」


「ああ、よく分かんないけど頼む」



 先程、彼がレンリに教わっていたのはSNSのアカウント作成と、写真を投稿する方法について。その写真そのものは、彼が学都の迷宮で撮ってきた自前の『作品』です。



「それにしても最初に聞いた時はビックリしたよ。まさか、ルー君が冒険者からカメラマンに転身するとはね」



 そう、なんとルグが冒険者の次の仕事として始めたのはカメラマン。

 初めて聞いた時には仲間達も大いに驚いたものでした。


 元々、勇者に憧れていたルグは将来的に何か人助けになるような仕事がしたいと漠然と考えていました。学都に出てきて冒険者をやっていたのは、いわばその前段階。どんな仕事をするにも腕っぷしはあるに越したことはありませんし、単純に噂の神造迷宮というものに興味もありました。


 その後の流れは知っての通り。予想もしなかった大事件・大冒険の数々に巻き込まれ、いったい何回くらい世界の危機に立ち合ったのかも分かりません。


 その中で常人なりに腕を磨くこともできました。

 このまま冒険者を続けるなり、あるいはどこかの騎士団に入ったりしても、当初の目的であった人を助ける仕事はできるでしょう。身体を張って魔物や犯罪者から人々を守る。実に立派な仕事です。



「でもさ、誰かを助けるっていうのは別にそういう荒事に限った話じゃないだろ?」



 新しい仕事を皆に明かした時に、ルグはそんな風に話していました。


 彼自身、まだ幼い頃に魔物に襲われかけたところを勇者(リサ)に助けられたのがキッカケで人助けに憧れたせいか、長いこと視野が狭まっていたのでしょう。


 しかし、人が人を助けるというカタチには本来もっと幅広い種類があるはずです。

 分かりやすいところだと病気や怪我を癒すお医者さん。

 知識を教えたり興味を引き出すことで生徒達の将来の選択肢を増やす教師。

 お腹の空いた人を満足させる料理人、その材料を作る農家や漁師。

 変わったところでは、空想の力で読者を笑わせたり感動させることで活力を与える作家などもそうと言えないことはありません。


 やや無理矢理感を覚えるケースもないわけではないにしろ、社会とは人と人との助け合いで繋がっている巨大な構造体。人を助けるとは決して選ばれた者だけに許されたものではなく、いつでも誰にでもできる当たり前のこと。


 様々な経験を積んで視野を広げたルグは改めて自分を見つめ直し、これまでの経験や手持ちの材料から考えた答えが、この世界ではまだ数少ない職業カメラマンというわけです。



「友達の贔屓目抜きでもよく撮れてると思うよ。この剣角鹿(ソードエルク)は第一迷宮にいるやつだろう? キミも前にコイツの角剣を使ってたっけ」


「懐かしいな、たしか学都に来てすぐの頃だろ」


「そうそう。他の魔物も今にも襲い掛かってきそうな迫力があるね。どいつもこいつも見覚えがあるよ」


「実は新聞社に行った時にサニーマリーに習っててさ。あいつら……じゃなかった、あの人達、ああ見えてカメラの腕は大したものみたいで。俺もつい最近まで、あそこの新聞に載ってる写真が上手いってことにも気付いてなかったけど」



 今のところ、ルグの撮影した写真の半分ほどは迷宮の魔物中心。

 これから地球との交流が順調に推移すれば、民間人が旅行や仕事で自由に行き来できる日も遠くはないでしょう。しかし、地球には魔物のようなヘンテコ生物はいないのです。


 この世界より先に地球と通じていた他世界には似たような生物がいる世界もありますが、完全に同じように考えるわけにはいきません。

 この世界にどんな生き物がいるかを記録し、その姿や生態を異世界の人々に正しく伝える。そうすることで未来における被害を未然に防ぐ。これもまた、一つの人助けというわけです。


 例の式典前の工作活動中に、現地生物の調査という任務を受けた自衛官達が似たような仕事をしていましたが、あれだけの期間で記録できたのは迷宮全体のうちごく一部。とても完全とは言えません。神造迷宮以外の自然の山林にだって、更に数多くの魔物がいるはずです。


 なにしろ相手はクマやライオンより遥かに強力な野生生物。

 腕の良いカメラマンは地球にいくらでもいるでしょうが、そうした魔物と対峙して撮影するのは簡単ではないでしょう。実際にそうした魔物と出会い、戦ってきたルグの勝算はそこにあります。



「ま、いざとなれば、ちょっとカッコ悪いけどウル君達にヘルプを頼むって手もあるしね。一人で無謀な真似をしてルカ君を悲しませたら、天国まで殴りに行って連れ戻してやるから心しておきたまえ」


「ああ、無理はしないよ……っと、もう時間か」



 実のところ、こうした魔物写真で生計を立てられるかはまだ不明。

 式典前のアレコレで縁ができた伝手で日本の大学機関などに買い取ってもらってはいますが、買取価格が特別に高いわけではないですし、そもそもいつまで取引が続くかも分かりません。なので、現在のルグの主な収入源は魔物とはまた別ジャンルの写真となっています。



「やれやれ、忙しないね。いい加減、日帰りじゃなくて向こうに寝泊まりできる拠点を持ってもいいんじゃない?」


「そりゃ、そっちのほうが楽だけどさ、それだとルカと毎日会えないだろ。どうせ片道一時間もかからず行き来できるんだし」



 現在のルグの活動の半分は日本。

 今はまだ日帰りで行って帰れる東京近辺が主ですが、日本側の界港から電車やバスで移動して、あちらの街並みや特産品をあれこれと撮ってきては学都の新聞各社に提供していて、これがなかなかの人気ぶりなのです。


 例の式典成功に協力した面々には金銭・物品・権限など様々な報酬が、両世界の関係各国から与えられたのですけれど、ルグが自由に学都と日本とを移動できるのもその特権のおかげ。カメラや翻訳機についても同様です。


 異世界交流はまだ使節団が行き来して両世界の友好を世間にアピールし、最近になってようやく厳しい審査を経た法人が商売で異世界に行くことを許されたばかりの段階。そんな時期に、民間の一個人がフットワーク軽く双方の世界を往復できるメリットの価値は計り知れません。


 日本政府としても自国の文化を好意的に紹介してくれるルグの活動はありがたいものだったようで、以前の活動で知り合った外務省の役人や各分野の専門家が取材活動へ協力してくれることもしばしば。

 そうやって今のうちからルグ達の世界の一般の人々の日本への興味関心を高めておいて、そのうち一般人の行き来が許可された時の観光客増を狙っているのでしょう。地味ながらも、なかなか強かな戦略です。


 そうして人々の興味を引きたて、未知の文化へ一歩を踏み出すサポートをするのもまた広義の人助け。やがてはルグの写真を見たのがキッカケで、同じように異世界で活躍する人も出てくるかもしれません。



「そうだルー君、忘れないうちに。はい、この部屋の鍵」


「なんだよ、急に? あ、そうか」


「叔父様には言ってあるから、パソコン使いたい時は自由に来るといいよ。使用料代わりってわけじゃないけど、たまに掃除をお願いできるとありがたいかな」



 別れ際、レンリは自室の合鍵を渡しました。なにしろ、せっかくマンツーマンで操作を教わったパソコンも、この部屋の主に入れてもらえなければ使えません。


 ふと室内を見渡せば、かつては山積みの書籍や脱ぎ散らかした衣服でゴミ屋敷も同然だったのが嘘のようにさっぱりしています。パソコンが設置されたデスク周辺だけは例外ですが、まるで引っ越し前に荷物をまとめたかのような光景と言えばお分かりでしょうか。



「今度キミと会う時は日本(あっち)かな? ま、いつでも行き来できるんだし気軽なものさ」




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