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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』

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ちょっとだけ先の未来④


 あの式典から四か月ほど経ったある日の学都にて。この日、市内某所に創られたばかりのアイ神殿では、新たな神話の最新の一ページと呼ぶべき慶事が起きていました。



『だ……だぅ……』


「わぁ、アイちゃん、すごい……ちゃんと、歩けてるねぇ」


『あい!』



 そう、アイがとうとう二本の足で歩けるようになったのです。流石にまだまだスムーズに移動するのは無理ですが、時折手近な家具に掴まりながらも器用にバランスを取っています。



「ふふ、あんよが上手……あんよが上手……」


『あんよ、じょず……あんよ、じょおず……』



 アイとルカが現在いるのは、アイ神殿の最奥にある関係者以外は入れない部屋。

 床一面に毛足の長い絨毯が敷き詰められているので、もし転んでも問題はありません。もう少しだけ屋内で練習して歩くのに慣れたら、抱っこやベビーカーではなく自分で歩いて公園にお出かけできるようにもなるでしょう。



「そうだ、それなら……アイちゃんの、お靴を用意しないと。どんなのが似合うかな……?」


『あぶ……かぁいの!』


「うん、一緒に……可愛いのを、選びましょう、ね」



 なんとも心温まる母子の触れ合い。

 ですが、そこに無粋な乱入者がやってきました。



「失礼いたします、アイ様。お食事のご用意が……お、おお!? アイ様が御自らの足で歩いて……!」


「あ、神官長さん……ご苦労さま、です。さっき初めて、歩けるようになって……あ、それより、アイちゃん、ご飯の時間だって」


『あぃ!』



 入室してきたのは、このアイ神殿に勤める神官長。

 元々は女神を祀る神殿に長年勤めていた人物で、見た目はいかにも温和で優しそうなお爺さんといったところ。実際、人見知りグセのあるルカがさほど抵抗もなく会話できている点からも、そうした印象通りの人格者であることが分かるでしょう。



「ええ、ご飯も大事ですが……それよりも、ルカ様!」


「は、はい……?」


「これは一大事ですぞ! 本日はアイ様が初めてお歩きになられた記念すべき日! 他神殿や各国の王家にも急ぎの遣いを出し、世界最新の神話として永久に記録に遺すべきかと! ああ、それから誰か大急ぎでニホン製の写真機(カメラ)をここに……!」


「それは、大袈裟すぎじゃ……あと、わたしに、様は、いらないので」


「ははは、ルカ様は相変わらず謙虚でいらっしゃる。偉大なるアイ神に加えて勇者様のお母上でもある御方に示す敬意としては、これでもまるで足りませんぞ」



 が、この神官長氏。少しばかり信仰をキメすぎているせいか、アイや他の神々ばかりか母親役を務めるルカにまで過剰な敬意を払うのが玉に瑕。

 ルカがユーシャの遺伝上の母親なのは無用の騒動を避けるため一般には秘匿されている情報ですが、彼女がこういった役目を務めるのに多少の箔があったほうがスムーズに進むだろうとの女神の判断で、高位の神官や各国の王族など一部の人々には秘密が開示されているのです。


 しかも、問題は彼ばかりではありません。

 この神殿に勤める神官は大なり小なり皆似たようなもの。秘密を知らぬ者達としても、自分達の上司が敬意を払う相手を無下にはできないのでしょう。

 神官ですらない一民間人を自認するルカとしては、きっと世間的にはものすごく偉いのであろう高位の神官達に恭しく扱われて恐縮しきりの毎日です。




 ルカは少し前に冒険者を辞めました。

 もちろん護衛仕事の雇用主であったレンリとの関係は今も良好ですし、頻繁に顔も合わせています。ですが当初の活動目的であった迷宮探索に関しては、例の式典以前からほとんど形骸化していました。あるいは一般的な迷宮におけるそれとは意味が大きく異なりますが、見事に全ての迷宮の攻略を達成したと解釈できなくもありません。


 そうして冒険者としての意義がいよいよ怪しくなっていたところに、女神からアイの世話役として勧誘を受けました。以前、あの夢の中でも似たような話は出ていましたが、あれからまた日を改めての再勧誘です。

 ルカとしては神官にまでなるのは正直抵抗があったのですが、それなら身分的には民間人のままで構わないから単なる専属ベビーシッターとして手伝ってくれないかと乞われ、とうとう折れた形です。



『まま、あーん』


「はい、アイちゃん、あーん……ふふ、お野菜煮たの、おいしい?」


『あい! おいち!』


「おおっ、アイ神に捧げる御食事を作る栄誉に与れたばかりか過分なお褒めまで……! そのお言葉、我が生涯の誉といたします!」



 何かというと外野が勝手に盛り上がって騒がしいのだけは慣れませんが、それでも最近の暮らしは決して悪くないものなのでしょう。ベビーシッターの給料は冒険者だった頃に比べても見劣りしませんし、危険らしい危険に遭遇することもありません。


 アイと一緒に他の姉妹神の神殿やレンリの家に遊びに行ったり、公園に連れて行って一般の赤ちゃんと遊ぶ機会を設けたり。長姉であるウルの方針が広まったおかげか、最近はもう神々の誰かがそこらの子供と一緒に遊んでいても誰も気にしなくなってきました。



「あ、もう、こんな時間……皆さん、また明日……アイちゃんも、ちゃんとバイバイ……できる、かな?」


『あぃっ、ばいばい』


「ふふ、よくできました……じゃあ、帰りにお買い物、していこっか? 何か……食べたいの、ある?」


『ん……とりさん!』


「鳥さんかぁ……それじゃあ、夜ご飯は……鶏肉でシチューかな?」



 神を祀る神殿としては奇妙な形態ですが、アイとルカがアイ神殿にいる時間は一日の半分以下。毎朝、朝食を済ませたらシモンの屋敷から出勤。神殿でアイと一緒に遊んだり、ご飯やオヤツを食べさせたり。途中で抜けて公園や色々な店屋、新市街区の動物園などに足を延ばすこともあります。それで夕方になったら退勤してアイと一緒に帰宅という生活スタイルです。


 他に用事がある時は神官達が一時的にアイの面倒を見ていてくれますし、他の迷宮達や人間の友人達もまた同様。以前に仲間の皆で共同生活を送りながらアイの世話をした時に比べたら、彼女の能力もすっかり安定しましたし気楽なものです。それに何より……。



「よっ、ルカ達も今帰りか?」


「あ、ルグくん……うん、これから晩ご飯の、お買い物」


「それなら俺も付き合うよ。アイもそれでいいか?」


『あぃ、るぅくん、いっしょ!』



 少し前にルカと同じく冒険者を辞めたルグとも、こうして毎日のように会うことができます。彼の新しい仕事についてはまた後に語る機会を設けるとして、まだまだ不慣れながらも充実した日々を送っているようです。



「えへへ……なんだか、嬉しいね……あ、そうだ! 今日ね、アイちゃんが……歩けるように、なったの」


「へえ、そりゃすごいな。偉いぞ、アイ!」


『あい!』



 いつかはアイも成長して今のような暮らしが終わる日も来るのでしょうが、まだまだ当分は先のことでしょう。明日も明後日もまたその次も、今日と同じような日々が続くであろう幸福に感謝しながら、ルカは穏やかな笑みを浮かべていました。


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