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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』

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ちょっとだけ先の未来③


 ある日の迷宮都市にて。

 女神はいつものように神子の身体を借りて魔王のレストランを訪れていました。


 新しい家族の誕生に伴って魔王はしばらくお店を閉めていたのですが……というか、魔王任せにしていたら四六時中子供達の相手にかまけてばかりで、きっといつまでもダラダラと休業状態を続けていたことでしょう。

 が、ご安心を。

 そこは頼りになる妻二人と、更にはこの度お兄ちゃんお姉ちゃんとなった上の子供達までもが物理的にお尻を蹴っ飛ばして、半ば無理矢理に営業を再開させました。最強無敵の魔王もこうなっては白旗を上げるしかありません。



『では魔王さん、いえ、先生。どうぞよろしくお願いします』


「はい、それじゃあ張り切っていきましょう」



 さて、それよりも今は女神の話です。

 この店の常連である女神ですが、今日は客席ではなく厨房にお邪魔していました。

 借りたエプロンを着けて、おっかなびっくり包丁を握り、魔王が一般のお客さん用の料理を作る合間の手の空いた時間に料理の指導を受けているのです。


 あの夢の中でやりたいことの一例として挙げていたのを、あの場限りの口先だけで終わらせずに実際に行動を起こしたのは褒められるべきことでしょう。


 その夢についての記憶がない魔王はいまいちピンと来ていない様子でしたが、教わりたいというのなら別に断る理由もありません。飲食店としての性質上、ランチやディナーで忙しい時間帯はなかなか構ってあげられませんが、それ以外なら空いている時間も少なくないのです。


 身体を貸す神子は神子でそれなりに多忙なため、思い立ったが吉日とばかりに頼んだ即日に押しかけることはできませんでしたが、それでもどうにかスケジュールに都合を付けることもできました。そして、本日が記念すべき料理修行の初日というわけでして。



『ええっと、包丁を使う時は猫の手で……』


「そうそう、上手いですよ」



 料理初心者ではありますが、それでも女神は数々の神器や自分以外の神々をも創り出してきた実績があるのです。いわば、クリエイト能力特化型ゴッド。戦闘などの荒事は能力的にも性格的にもからっきしですが、何かを作り上げるのは全体的に自己評価低めの女神にとっては数少ない得意ジャンルです。



『ふふふ、考えてみればわたくしが自分で料理をできるようになれば、お店の営業時間に左右されずにいつでも好きな時に食べたい物を食べられるようになるわけですからね』



 料理に関しては初心者とはいえ、これまで数々の神話級アイテムを創り出してきた経験を応用すれば、あっという間に勘所を掴んで上達するに違いない。そんな風に考えていた時期が女神にもありました。



『きゃっ!? ゆ、指っ、包丁で血が……!?』


「落ち着いて。ほら、これくらいなら絆創膏を貼っておけばすぐ治りますから」



 見通しが甘すぎたことは女神もすぐに思い知りました。

 ちなみに修行初日となる本日の課題は、野菜サラダと目玉焼き。

 サラダは包丁で切ったトマトと手で千切ったレタスを皿に盛りつけて、油と酢と塩コショウを混ぜたドレッシングをかけるだけのシンプルな物。

 目玉焼きについては、あえて説明するまでもないでしょう。どちらも如何にも初心者向きの、なんなら失敗するほうが難しいくらいの品ですが……、



()っ!? うぅ、ついフライパンに触って火傷を……』


「大丈夫ですか? 一旦、火を止めて火傷したところを冷たい水で洗っておきましょうね」



 女神は驚異的なペースでミスを積み重ねていました。

 包丁で指を切ったり、熱いフライパンで火傷をしたりはまだ序の口です。

 コショウをうっかり吸い込んで、クシャミをした弾みにドレッシングの器を引っくり返す。フライパンに卵を割り入れる時に殻の破片が入ったのを、横着して素手で取り出そうとしてまた火傷。油を床に零したのを慌てて拭こうとしたら、その弾みで滑って転んでお尻を強く打って痛みに悶える……等々。



「ほ、本当に大丈夫ですか?」


『うぅ、あんまり大丈夫じゃないかもです……』



 幸い怪我についてはいずれも軽微。

 自前の肉体がないせいで痛みに不慣れな女神だからいちいち大騒ぎしていますが、ちょっと料理慣れしている人間なら気にも留めないようなものばかり。今は肉体の主導権を預けて引っ込んでいますが、治癒魔法の達人である神子ならば一瞬で完治させられる程度です。



『はぁ、はぁ……で、できました』


「お、お疲れ様でした……」



 まさか、ここまで不器用だとは魔王も予想していなかったのでしょう。

 かつて魔王はアリスにも料理の指導をした経験があったので、今回も同じ要領でいけるかと考えていたのですが、同じ初心者でも包丁の扱いを失敗したら刃のほうが欠けるタイプの初心者と一緒に考えるのは間違いだったようです。


 中身はともかく肉体強度が常人並みでは、ちょっとの油断がどんな怪我に繋がるかも分かりません。ほんの数秒目を離すとどんな失敗をやらかすか分からないものだから一瞬たりとも気を抜けず、どうにかサラダと目玉焼きが完成した時には二人ともすっかり疲れ切っておりました。



「まあ、誰でも最初はこんなものですよ。それよりも自分で作ってみた料理の味はどうですか?」


『サラダの味は普通ですね。トマトが潰れて見た目が汚いだけで。目玉焼きは火が通り過ぎて焦げたところが苦いです……』


「は、はは……次はもうちょっと簡単なのにしましょうか。おにぎりとか」


『お手数おかけします、先生……』



 初日の成果はこんなところ。

 初心者としても並以下の出来ではありましたが、数々の失敗でも心折れずに次回も来るつもりらしいのだけは一応評価できるポイントでしょうか。おにぎり用の熱いご飯を触って泣き言を漏らすのが今から目に見えるようではありますが。




 ともあれ、初日はこれで終了。

 次回は神子のスケジュール次第ですが、恐らく五日後くらいになるでしょうか。

 早く上達したいのならもっと頻繁に通うべきだというのは女神も分かっているのですが、単なる趣味のためだけに神子に迷惑をかけるわけにもいきません。


 以下は、魔王の店からの帰り道でのやり取りです。



「もし女神様がお望みなのであれば、ワタクシの大使のお仕事を辞させていただいて、もっと身軽になれるようにしたほうがよろしいでしょうか?」


『それは正直ありがたいお話ではありますけど、わたくしのために貴女の人生をこれ以上振り回すというのも気が進まないと申しますか』



 色々とこれまで経験したことのない物事に挑戦してみる。

 そういった女神の前向きな意欲については、肉体を提供している神子も好ましく思っています。とはいえ、神子にも彼女自身の生活があるわけです。


 なにしろ彼女の肩書きは、かつて勇者リサを召喚したA国から迷宮都市に派遣されている大使館長。元々は数少ない友人達の近くにいるために得た立場ではありますが、それも十年以上も続けていれば愛着や責任感だって出てくるでしょう。少なくとも、女神の目からはそのように見えていました。


 神子としては女神が地上で自由に活動するために現在の職を辞するのも厭わない覚悟であるようですが、国家や人類の行く末を左右しかねないような差し迫った事情があるならともかく、現在は新しい神々が増えたおかげもあってか平穏そのもの。


 単なる趣味的活動のためだけに一人の人間の人生を犠牲にするのは女神のほうが気にします。いずれにせよ、結局のところ女神の活動には神子の協力が不可欠なわけですが。



『あ』


「あら、女神様。どうかなさいました?」


『ええ、なさいましたとも。実はちょっと思いつきまして……』



 しかし、ご安心を。

 なにしろ、女神はクリエイト能力特化型ゴッド。

 目玉焼きは上手く作れずとも、神話級のブツを創るのはお手の物です。


 以前までなら仮に思いついたところで実現は難しかったでしょうが、最近は迷宮達の働きのおかげもあって信仰心のリソースも潤沢。流石に今日明日ですぐにとはいきませんが、きっと遠からず様々な問題を一気に解決することもできるでしょう。



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