まさかまさかの大逆転
「そういえばさ」
魔王とコスモスが帰った直後。
レンリがこんな話題を振りました。
「ラメンティア君はこれからどうするんだい?」
『はて、どうするとは?』
「差し当たっては衣食住全般かな。ほら、キミってば住む家もないだろう」
戦闘の過程で死に切ったり女神のメンタル改善に伴って消えていれば無用の心配だったのでしょうが、こうなっては簡単にいなくなるとも思えません。
少なくとも見た目だけなら妙齢の美女であるわけで、まさかこのままホームレス生活をさせるわけにもいかないでしょう。ラメンティア本人は全然気にしない可能性もありますが、レンリ達のほうが気にします。
「あくまで選択肢の一つとして提案するだけなんだけど、良かったらしばらく私の部屋にでも来る? 居候の身で勝手に決めるのもアレだけど、ほら、うちの叔父様なら宿賃代わりにちょっと身体を解剖させてあげれば嫌とは言わないと思うし大丈夫なんじゃないかなって」
『聞いた感じ、まるで大丈夫そうではなさそうなのだが……』
レンリの部屋以外にも、ルカ達の暮らすシモンの屋敷や迷宮でもいいでしょう。
レンリに負けず劣らずひねくれ者のラメンティアも、別に好きで野ざらし雨ざらしの暮らしをしたいとは言わぬはず。その日の気分で泊る場所を変えてもいいですし、一人暮らしがお望みなら新しい家の一軒くらい用意できなくもありません。
「衣食住以外だと、ああ、そうだ。ラメンティア君が普通にそこらで暮らしてたら、多分今回の件の責任を取らせようとか言い出す人達もいると思うんだよね。人死にが出てないなら死刑までいくかは分からないけど、捕まえて牢屋に入れるべきだ……とか。まあ、キミが大人しく捕まるとは私も思ってないけど」
『無論だな。その要求自体は実際のところ筋が通っているのだろうが、道理がどうあれ悪がそんなつまらん連中に従うものか』
「ていうか、そもそも人間の法律を神様に適用するのが無理があるしね。あれ、今更だけどラメンティア君って神様でいいんだよね?」
『うむ。なにしろ迷宮共と女神から絞り出したフレッシュな神成分100%ゆえ』
「なんだか、無添加を売りにしてるジュースみたいな存在だね」
限りなく悪神寄りであるとはいえ、それでも一応神は神。
遍在化の能力は失ったとはいえ、彼女を閉じ込めておける檻があるとも思えません。奇跡的に牢屋に入れることができたとしても、すぐさま壁をブチ抜いて平然と出てくる様が今から想像できるようです。
「ま、まあ、魔王さんとの契約でラメンティア君はもう人に危害を加えられないんだろう? これ以上の被害が出ないというなら、そこらをうろついてるのが視界に入っても下手に手出ししないほうが良さそうだ……と、全世界の皆様に一斉送信っと」
『うん? ああ、アイのインチキ超能力か。今のでレンリの提案が世界中の人間に送られたと? 悪は結局ハブられっぱなしで使えんかったが、よく見るとなかなか面白そうだな。おい、アイよ。ちょっとそれ悪にも使えるようにしてみるがよい』
『みるがよい……って言われても。元は我にもどんな形で願うが叶うかなんて分からなかったくらいだし、細かいアレンジとかは無理そうかなって』
『なんだ、つまらん……ん?』
ラメンティアを人の法で裁くのは無理そうですが、これ以上の悪さをしないというのならギリギリ許容範囲内。内心面白くなくとも、相手は大嵐や火山の噴火が可愛く見えるような生ける災害。下手に刺激するよりも、今後の被害をなるべく減らす方向で考えたほうがまだしも建設的でしょう。
『んん、待てよ……く、くくっ』
それに今やラメンティアの関心は、そんなところにありません。
レンリや他の皆も、彼女の邪悪さをまだまだ理解しきれていなかったのでしょう。
「うん、急に笑い出してどうしたんだい?」
『ああ、ちょいと名案が浮かんでな。それと、レンリよ。誤解があるようだから言っておくが、悪が人間共に危害を加えられないというのは誤りだ。ほれ、さっき悪が魔王に契約内容を確認するのをそなたらも聞いていただろう?』
「え……あっ、ズルい!?」
『くかかっ、馬鹿め。もう遅い!』
さて、ラメンティアの思いつきを実行する前に誤解を正す必要があるでしょう。
先程、ラメンティアは魔王に向けて言いました。
もう自分は魔王の家族に危害を加えることができない。
そして人間達を意図的に殺害することもできない、と。
魔王もレンリ達も言葉の綾と思ってか聞き流していましたが、何故彼女はわざわざ魔王の家族とそれ以外を分けて言ったのでしょう。
前者には危害そのものを加えられないが、後者に当たる全人類の大半に関してはその限りではない。殺す以外なら何でもできる。なんとも恐ろしいことに、そんな風に解釈できてしまうのです。
契約は既に神力を用いた『奇跡』によって締結済み。
今から慌てて魔王を呼び戻しても、契約内容の変更は不可能です。
『まあまあ、落ち着け。今のはただの前提条件だ。可能だからといって、単純な暴力を振るうばかりというのも芸がない』
そしてラメンティアの悪だくみはここからが本番でした。
先程、アイとの会話で閃いたアイデアとは……。
『さっきは素直に負けを認めたが、やはりアレは取り消そう。悪の勝ちとまでは言わんが、うむ、事実上の引き分けというところだな』
「え、なに、さっきのケンカの話? いや、どれだけ負けず嫌いなのさ。あれだけ悔しがっておいて、やっぱり負けてないは無理があると思うけど」
『くくく、そんな潔さなど犬にでも喰わせておけ。それに貴様らとて自分達の勝利が消え去ったとすぐに認めざるを得なくなる』
ラメンティアの目的は自分の敗北をなかったことにすること。
ただ駄々を捏ねてそう言い張るだけではなく、それを誰もが認めざるを得ないようにすること。普通なら全人類プラス神々の記憶を消しでもしなければ不可能ですが、ただ一つだけ可能性が残っています。
『戦闘では役に立ちそうもないゆえ先程は使わなかったが、悪は当然「夢現」も使えるのだ。どれ、ついでに「強弱」と「復元」あたりも。あとは……この際だ。残った神力もパーッと「奇跡」で使い切ってやろう』
「え、ちょ、ラメンティア君!?」
レンリ達の誤算は、ラメンティアの負けず嫌いぶりを甘く見たこと まさか、敗北の屈辱を消し去るためだけに、唐突な思いつきに身を任せて自分自身をも消し去るほどの覚悟があるとは思っても見ませんでした。
『流石に、この悪が生まれるような因果は何度歴史を繰り返そうが二度とあるまい。だが、それでも負けるよりはよい。敗北よりは遥かにマシだ。くかかっ、精々悔しがれ。一日にも満たぬ生であったがなかなか楽しかったぞ!』
次の瞬間。
世界は閃光に包まれ――――。
◆◆◆
そして、レンリは目を覚ましました。
「あれ?」
場所はマールス邸の自室。
慣れ親しんだベッドの上。
自分の格好を見てみたら、いつもの寝間着姿。
すぐ隣ではウルがグースカ寝息を立てています。
窓の外からは春らしい暖かな日差しが差し込んでいました。
「ええと、あれから……?」
まるで頭に霞がかかったようですが、それでもあの戦いのことは覚えています。
女神が運命剣に胸を貫かれ、女神の秘密を解き明かし、その悩みを解決すべくラメンティアを生み出し戦った。なんやかんやと認め合い、そして最後に……。
「たしかラメンティア君が急に光り出して、それで……どうなったんだろ?」
その先の記憶はありませんが、普通に考えるなら諸々の後始末を終えて帰宅。寝間着に着替えてから今までベッドで眠っていたということなのでしょう。
しかし、何かがおかしい。
屋敷が無事だったのは元々運良く被害が少なかったとか、あるいはネムに直してもらったなどの説明も付きますが、そんなものでは済まない違和感がある。その正体を掴み切れずに、ベッドに腰かけたままのレンリがしばらく首を傾げていると、
『なのっ!?』
急にウルが飛び起きました。
しかし、起きた瞬間から何やら酷く混乱している様子。いつも快眠の彼女には珍しいことですが、戦い疲れで夢見が悪かったのでしょうか。
いいえ、そんな普通の理由ではありません。
ラメンティアの真の邪悪さを彼女達が思い知るのはここからでした。
「やあ、おはようウル君。あのさ、寝起きで聞くことでもないと思うんだけどちょっといいかな。私よく覚えてないんだけど、昨日あれからどうやって帰って……」
『違うの! 昨日じゃないの!?』
「昨日、じゃない?」
『昨日が今日で、今日が昨日で……ああもうっ、なんて言ったらいいか全然分かんないの!?』
人間とは異なる感覚を持つ迷宮だからこそ即座に理解できたのでしょう。
日の高さや気温や湿度といった気象条件、空に浮かぶ雲の形。この惑星の自転や公転に至るまで、その全てがそっくりそのまま昨日と同じ。正しくは、彼女達が『昨日』だと思い込んでいる『今日』そのもの。
それが何を意味するのか?
ウルからヒントを与えられたことで、レンリの頭の中でとある仮説が一気に組みあがっていきました。いくら神とはいえ、本当にそんなことができるのか。できるとしても本気で実行しようと思うのか。
とても正気の沙汰とは思えませんが、困ったことにレンリ達の知る彼女は、最初から最後まであまり正気そうではありませんでした。
「ま、まさか……まさか、嘘でしょ!?」
こうなった以上、レンリ達も謹んで自分達の勝利を取り下げるほかはありません。
なにしろ、最初からそんな戦いなどは起きなかった。
『今日』これから同じ流れに乗る可能性もまずないでしょう。
夢と現実とを曖昧にする『夢現』で、『昨日』の全てを夢オチに。まさか、そういう夢を見たのを根拠に勝利を主張することなどできようはずがありません。
現在時刻は式典当日の朝。
あの長い長い一日は、まだ始まったばかり。
それを思うだけで心底うんざりしてきます。
そういうことになった。そういうことにされてしまったのです。
「うっわ、やられた!? やりやがった、最悪っ!」
これでは引き分けどころか、気分的には完敗です。
まさに悪の中の悪。最悪の発想でしょう。
この邪悪っぷりにはレンリも脱帽するほかありません。
いるはずもないラメンティアの高笑いが聞こえてくるかのようでした。




