世界最強の帰還
本日二話目の更新です。
順番飛ばしにご注意ください。
今から十数年ほど前のことです。
詳細を語ろうとすると長くなりすぎるので大幅に割愛しますが、異世界で活動していた勇者リサが日本へと帰還するために魔王と試合をしたことがありました。
正しくは八百長試合を。
召喚された勇者が安全に帰還する方法は、魔王を打倒することのみ。
とはいえ、まさか本当に殺してしまうワケにもいかないので駄目元で八百長を試してみたという流れでした。最初から結果の決まっているヤラセではありましたが、勝敗を判定する聖剣の機能を騙すために両者共それなりに真面目に戦っていたものです。
特に決め手となったのが、魔王の見事な死んだフリ。
なにしろ本当に心臓まで止めてしまうほどの熱演です。
事情を知らなければ、いえ、事情を知っていたとしても本当に死んでしまったと錯覚するほどの演技力には、その場にいた誰もが大いに感心させられました。
『たしかに演技力についてはそこそこだったな。褒めてやろう』
「それはどうも。それよりも約束はちゃんと守ってね?」
『うむ、悪は何気に約束はしっかり守るのだ。約束というか契約だが。お前も知っての通り「奇跡」で自らの行動を縛っているからな。これで未来永劫、悪が魔王の家族に危害を与えることはできなくなった。他の人間共を殺すことも、もうできん。悪が意図せぬ事故までは保証できんがな……くそ、早まったか?』
つまりは、今回も同じパターンの使い回しだったのです。
人間や神々を試すという目的上、最強無敵の魔王がそこらを気軽にうろついていたり、呼べばいつでも駆けつけるという状況はラメンティアも避けたかったのでしょう。
あの宇宙の外側で悪意の限りを尽くして魔王の攻撃の手を止めたラメンティアは、そこから意外にも素直に謝り反省の意を示しました。まあ内心はどうあれ、謝罪して頭を下げた相手を容赦なく攻撃するというのは魔王の性格からして難しかったはずです。
そうして膠着状態を作ったら、今度はすかさず問題提起のプレゼンを始めました。
内容は先程やったのと同じ、神や魔王が過保護すぎるせいでこの世界の人々の自立性が損なわれる云々というやつと一緒です。そして根が素直な魔王は、自身の責任について即座に否定しづらかったのでしょう。全面的に言い分を認めるわけではなくとも、「一理ある」くらいには思ってしまいました。そう思わせることさえできれば後は簡単。
本日の前半。レンリと女神が何故か野球っぽく表裏の交代制で質問と回答を繰り返していた時にも、似たような話題が出ていました。その時のレンリは女神の罠に引っ掛かることはありませんでしたが、要はアレと同じく『奇跡』で自他の行動を縛る作戦です。
魔王の行動を直接的に縛るのは神力コスト的に難しくとも、魔王が約束を履行すれば自身が縛られるというよう応用すれば交渉のやりようはいくらでもあります。
『まあ何度か熱くなって、うっかり殺しかけはしたが』
今回の事件が一段落するまでの間、人死にか神死にが出ない限り魔王は手出しを控える。それさえ守れば、ラメンティアはもう二度と、少なくとも意図的に誰かを殺すことはできなくなる。
その口約束を絶対の契約とすべく、ラメンティアは相応の神力を使って『奇跡』の力で自身を縛り、そうして魔王は魔王で今の今まで死んだフリを続けていたというわけです。
『ただまあ、言ってはなんだが思ったより反応が薄くてつまらんかったというのが本音だな。悪としては、魔王の死体を見たこやつらがもっと泣き叫んだり怒り狂ったりするのを期待しておったのだが。魔王、実はこいつらに嫌われておるのではないか?』
「え、そんなことは……ないよね?」
魔王による死体のフリは実に見事なものでした。
心臓を止めている以外にも、筋肉が弛緩して力なく横たわる様だとか、半開きのまぶたから覗く白目の開き具合だとか、パッと見は本物の死体にしか見えません。毎年恒例の魔界隠し芸大会でも持ちネタとしていつも大ウケしています。
「ああ、別に私達が魔王さんを嫌ってるとかじゃないので大丈夫ですよ。というか、そこはラメンティア君の設定の作り込みの甘さこそが穴だったと言わせてもらおうか。手も足も出ずにボコボコにやられてたキミが、いきなり勝者ヅラして魔王さんの死体をブラ提げてくるとか違和感アリアリだったもん」
『む……それは、レンリの言う通りか。ううむ、死体が駄目なら異次元やら時空の狭間に封印したみたいに適当こくとか……魔王、自力で出てきそうで説得力がないな。しかし、すぐさま指摘しなかったあたりレンリも気を利かせて空気を読んでくれてはいたのだな』
「ふふふ、感謝したまえ。疑問が確信に変わったのは、式典の招待客として来てた魔界の人達の反応だね。あとは一応、うちの爺様もかな?」
怒るにせよ嘆くにせよ、本来なら長い付き合いの忠臣が真っ先にアクションを起こすべき場面でしょう。しかし式典に出席していた四天王のヘンドリック氏もガルガリオン氏も、死体を演じる魔王を見ても動揺するどころか完全に静観する態勢に移っていました。毎年のように例の隠し芸を見ているだけあり、むしろ思わず吹き出して真面目な空気を壊さないよう気を付けていたのでしょう。
更には、魔王とは十数年来の顔馴染みであるレンリの祖父や各国の王達のうち幾人かも。こちらは百年来の付き合いがある先の二名ほど魔王と深い付き合いがあるわけではないにせよ、レンリが言ったような両氏の不自然な落ち着きぶりに違和感を覚え、そこから同様の推論に至ったものと思われます。
『なるほど、ネタを磨くばかりでなく観客の反応にまで気を配るべきであったか。お笑いの道というのもなかなか奥が深いものだ』
「うん、別にキミはお笑いの道を極めるのが目的だったわけじゃないはずなんだけどね。ああ、そうそう。魔王さんが今の今まで動かなかったってことは大丈夫なんだろうけど、世界中の善良な一般市民の皆さんの命に別状はないってことでオーケー?」
『まあな。まったく余計な手間をかけさせおって』
赤い雨によって世界中の人々相手に大暴れしていた魔物達。
建物を壊し、大怪我をさせはしましたが、死人は一人も出ていません。
『とはいえ、明らかにこっちに殺す気がないと分かるようでは緊迫感がないのでな。他のと同様に雨から人間型の魔物を生み出して、ついでに同じ街や村の人間の顔や体格に似せたりして、それをなるべく残虐なやり方で他の魔物にブッ殺させたりとか』
場合によっては死ぬ瞬間を目撃したと思った近所の住人がピンピンしているのを見て違和感を覚えた人も少なくないのでしょうが、そこは修羅場の緊迫感でゴリ押しました。雨のせいで視界もさほど良くなかったでしょうし、勝手に見間違いだと勘違いしてくれることに期待した形です。
『まあ、操ってる魔物共が一般人相手にうっかり深手を負わせて焦ったケースもそこそこあったが、それに関しては「復元」でこう上手いこと致命傷を避けたように素早く誤魔化してな。おっと、だからといって悪を実は良い奴みたいに思うでないぞ。悪は仕方なく助けただけで……べ、別にそなたらのためにやったワケじゃないのだからなっ』
「こらこら、本当に相手のためじゃない打算100%のクセに無意味にツンデれないでくれたまえ。そもそも怪我させたのもキミ自身のマッチポンプだし」
レンリがマイペースにボケ続けていられたのも、早い段階でそうした推測が立ったからこそ。魔王が看過しているうちは焦らずとも構わないだろう、と。
他の仲間に関しても、シモンとライムは半ば確信しつつも戦う機会を逃さぬよう意図して触れず。普段から魔王の店で働いているウル、ゴゴ、ヒナ、ユーシャは確信には至らずとも強めの違和感はあったようです。
それ以外の面々に関しても、仲間達がこんなにも魔王の件に触れないということは何か考えがあるのだろうと思っており……魔王本人にとっては寂しい話かもしれませんが、つまり本気で彼のことを心配したり悲しんでくれたメンバーは全然いなかったのです。それ自体がある種の信頼の裏返しではあるにせよ。
『魔王よ、そんなわけだから貴様はもう用済みだ。さっさと帰って存分に子煩悩のバカ親をやるがよい。ああ、そうそう。子供の誕生おめでとう。奥方らにもよろしく伝えておいてくれ』
「あっ、そうだった! もう産まれてるかも!?」
「そういえば、私達は病院を抜け出して来ていたのでしたな」
ラメンティアの指摘に魔王だけでなくコスモスも反応しました。
日本の病院を抜け出してから、もう何時間経ったでしょうか。もしかすると、とっくに赤ちゃんが産まれているかもしれません。ならば、用も済んだのにこれ以上長居をしている暇はないでしょう。
『じゃあ、僕達はすぐ戻るから! 落ち着いたら赤ちゃんの顔を見に来てね』
「というわけで、この番組はコスモスちゃんとご覧のスポンサーでお送りしました。皆様、それではまた会う日まで」
大慌ての魔王は自宅のドアでも開くかのように目の前の空間に穴を開け、コスモスと一緒に元居た場所へ。こうして今回あまり出番のなかった世界最強は、愛する家族の下へと無事帰っていきました。




