ユビキリ ノ肆拾伍
その日、小屋で一晩を明かした。
露草の悪口や思い出話で盛り上がり、旅の道中の話を語り、藩内での苦労を愚痴る。
眠気は襲ってこなかった。この一夜だけと決めていた。もう一晩過ごせば、栄雅として立場が悪くなるからとはただ単に後付の理由であって、本当はもう一晩明かすと、きっと離れがたくなってしまうから。
だから素っ気無い味の水を飲んで、いつの間にか小屋の外に置かれていた握り飯を早々に口に放り込んで、また語った。
そしてまだまだ語り足りなかったけれど、名残を惜しむように立ち上がった露草は、すでに高く上った陽を恨めしく睨みつけるようにしながら切り出した。
「出て行くときは明良、お前から行け。時間を空けて別々に出て行ったほうがいい」
「さよならする時も、もっと何か言い方あるじゃろうに。ほんに口下手やね」
「お前はいちいち五月蝿い」
再度交わされる軽口も、何度目か分からなくなっていた。そのせいか、白梅と露草がどれだけ親しく会話や視線を交わそうと、微笑ましく感じてくるのだから不思議だ。
幼い頃の父親が、露草に対して取っていた態度の意味も今なら分かる。そのために画策してあの事故がおきたのか、事故が利用されたのかは不明だが、兼良が何らかの形で関わっているのは明白だ。けれど、そのために弁解するのも謝罪するのもどこかちぐはぐで、何より謝ろうとする素振りを感じるのか、露草は全て会話の主導権を握っていた。
「それでは・・・・・・」
「ああ――元気で」
視線を交わす、その瞬間が腕を引き止める動作にも思えて足取りが鈍る。
「兄上は苦労性のようです。白梅殿を見習って、大雑把に生きてください」
「「なんだ(じゃ)それは」」
気分がいいとはとてもいえない顔で、二人は顔を見合わせた。一人は悪巧みでも潜めていそうな瞳をして、一人はとてつもなく不味いものでも飲み込んでしまったような表情だった。
二人の見事な斉唱に呆れながらも嬉しそうな笑声を漏らし、明良は栄雅として外に通ずる引き戸を引こうとした。
向けた背に一言だけ投げかけられる。
「幸せに、なれ」
不器用な一言は、やはり嫁入り前の娘か妹に贈られるようなもので。その言葉は夜っぴて語り明かした名残なのだろうけれど、赤面する事はなかった。同じようにぼやけた思考の中で慈愛を感じ、明良は今度こそ粗末な小屋を後にした。