ユビキリ ノ肆拾陸
「行ってしまったよ」
「・・・ああ」
「元気そうじゃった」
「ああ」
「白露も、元気で幸せに生きてくれるとええね」
「ああ」
「・・・話すのは、あれくらいで良かったん?」
「・・・・・・明良は、栄雅だ。俺ごときに時間を費やしているわけにはいくまい?」
「現実はそうやね。けど栄雅じゃったお前さんがそんな悲しい事を言うなよ。たまには我儘言ってみたらいいんじゃ」
露草は俯いたままだったが、やがて搾り出すように言った。
「一晩中話したんだ。喉が痛い。もう語ることなんてない。満足だ」
これが本音だ、と挑戦的にこちらを見上げる瞳は揺れていた。
「そう」
白梅はその顔をちらりと覗き、そして軽くため息をつく。それに反応してか、露草のまとう空気が剣呑なものになっていく。
「・・・・・・全く。子離れがいつまで経ってもできん、親のようじゃね」
悪気はないのだろうが馬鹿にされているような口調に、露草は頬が紅潮するのを感じた。
味方と呼べるべき人物を常に見極め続けていなければならなかった、息がしづらい川本の屋敷で過ごしたのは、人格形成において最も重要な時期だ。
気を許せる者など、それこそ透影と弟の明良だけだっただろう。それならば依存といってもいいほど、彼らのことを気にかけるのは全く不自然ではない。露草だって冷血漢ではないのだから、縁とする人物が必要なのだ。まして、そのうちの一人はとうに亡くなっているのだから、弟が可愛く見えても仕方がないことといえた。
――しかし、すでに成人して三十年近くたっているのだから。
そんな白梅の呆れなど分かりきっているが、目に浮かぶのは幼かった頃の明良だ。再会して思い描く像が更新されたとはいえ、自分を慕ってくれる気持ちは変わらなさそうなので、やはり可愛いことには違いない。
だが、本当は白梅の言い分に賛同している気持ちもあったのだ。もっと砕けた言い方をし、もっと感動を身振りで伝えながら。
実際それを実行すれば、もはや露草とは呼べなくなるだろうから、やはりこのような形の再会しかなかったのだろうと露草は思考を打ち切った。
「そうだ、悪いか」
「・・・開き直りよった」
珍しく白梅を脱力させたことに若干優越感を覚えたが、彼ら二人の微妙な力関係が変わることはない。
これから先もずっと、白梅に振り回され疲れさせられる日々が続いていくのだった。
もっとも、白梅に言わせれば逆の意見であったのも確かだ。




