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世界で最も恐れられる男は、ただの会社員だった  作者: パルパル


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9/21

第8話 最初の仕事

組織に加入して、最初の仕事は驚くほど地味だった。


「これが、今日の作業です」


水原紗季が、悠真の前に資料を置いた。


「複数の企業から集められた取引記録です。日付、金額、会社名を照合して、不自然な点がないか確認してください」


「これを全部ですか?」


「はい。まずは三か月分」


悠真は資料の束を見た。


かなりの量だった。


「わかりました」


「わからないことがあれば聞いてください。勝手に判断して処理しないこと。確認した内容は必ず記録してください」


「はい」


水原は隣の席に戻った。


悠真はパソコンを開き、資料の確認を始めた。


⸻


二時間が経過した。


日付を確認し、金額を照合し、会社名を調べる。


同じ作業の繰り返しだった。


だが、悠真は集中していた。


会社で十年間、営業事務に近い仕事もこなしてきた。


数字の確認や書類の整理は、決して得意ではないが、慣れている。


「……あれ?」


一つの取引記録で手が止まった。


同じ会社への支払いが、三日間で不自然に分割されている。


しかも、請求元の会社名が微妙に違う。


一文字だけ異なる名前。


悠真は過去の資料を調べた。


すると、同じ住所に登録されている会社が複数見つかった。


「水原さん」


「はい?」


「この取引なんですが、少し気になるところがあります」


水原が画面を覗き込む。


「どこですか?」


「同じ住所に、似た名前の会社がいくつも登録されています。それぞれ別の会社として処理されていますけど、支払い先の口座情報が一部重なっているように見えます」


水原は画面を確認した。


数秒後、表情が変わる。


「……確かに」


「僕の見間違いでしょうか?」


「いいえ。少し調べます」


水原は別のデータを開き、複数の記録を照合した。


やがて、小さく息を吐いた。


「これは意図的に分割されている可能性がありますね」


「そうなんですか?」


「まだ断定はできません。ただ、普通の取引とは考えにくいです」


悠真は不安そうに画面を見た。


「余計なことをしてしまいましたか?」


「いいえ。むしろ助かりました」


水原は確認した内容を記録し、上司へ報告する準備を始めた。


⸻


夕方。


榊のもとへ、調査結果が届いていた。


「新人が見つけたのか?」


榊が尋ねる。


水原は頷いた。


「はい。黒瀬さんです。単純な照合作業の中から、不自然な資金の流れを見つけました」


「経験は?」


「一般企業で営業を十年ほど。特別な調査経験はありません」


榊は報告書に目を通した。


「なるほど。基本に忠実な仕事だ」


「私もそう思います。派手さはありませんが、確認が丁寧です」


榊は書類を閉じた。


「引き続き様子を見よう」


⸻


その頃、悠真は帰宅の準備をしていた。


組織での初仕事。


何か大きなことをしたわけではない。


ただ、資料を確認しただけだ。


それでも、水原から「助かりました」と言われたことが嬉しかった。


「少しは役に立てたかな……」


そう呟いて、ビルを出る。


夜風は冷たかった。


明日は会社の仕事もある。


二つの生活は、まだ始まったばかりだった。

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