第8話 最初の仕事
組織に加入して、最初の仕事は驚くほど地味だった。
「これが、今日の作業です」
水原紗季が、悠真の前に資料を置いた。
「複数の企業から集められた取引記録です。日付、金額、会社名を照合して、不自然な点がないか確認してください」
「これを全部ですか?」
「はい。まずは三か月分」
悠真は資料の束を見た。
かなりの量だった。
「わかりました」
「わからないことがあれば聞いてください。勝手に判断して処理しないこと。確認した内容は必ず記録してください」
「はい」
水原は隣の席に戻った。
悠真はパソコンを開き、資料の確認を始めた。
⸻
二時間が経過した。
日付を確認し、金額を照合し、会社名を調べる。
同じ作業の繰り返しだった。
だが、悠真は集中していた。
会社で十年間、営業事務に近い仕事もこなしてきた。
数字の確認や書類の整理は、決して得意ではないが、慣れている。
「……あれ?」
一つの取引記録で手が止まった。
同じ会社への支払いが、三日間で不自然に分割されている。
しかも、請求元の会社名が微妙に違う。
一文字だけ異なる名前。
悠真は過去の資料を調べた。
すると、同じ住所に登録されている会社が複数見つかった。
「水原さん」
「はい?」
「この取引なんですが、少し気になるところがあります」
水原が画面を覗き込む。
「どこですか?」
「同じ住所に、似た名前の会社がいくつも登録されています。それぞれ別の会社として処理されていますけど、支払い先の口座情報が一部重なっているように見えます」
水原は画面を確認した。
数秒後、表情が変わる。
「……確かに」
「僕の見間違いでしょうか?」
「いいえ。少し調べます」
水原は別のデータを開き、複数の記録を照合した。
やがて、小さく息を吐いた。
「これは意図的に分割されている可能性がありますね」
「そうなんですか?」
「まだ断定はできません。ただ、普通の取引とは考えにくいです」
悠真は不安そうに画面を見た。
「余計なことをしてしまいましたか?」
「いいえ。むしろ助かりました」
水原は確認した内容を記録し、上司へ報告する準備を始めた。
⸻
夕方。
榊のもとへ、調査結果が届いていた。
「新人が見つけたのか?」
榊が尋ねる。
水原は頷いた。
「はい。黒瀬さんです。単純な照合作業の中から、不自然な資金の流れを見つけました」
「経験は?」
「一般企業で営業を十年ほど。特別な調査経験はありません」
榊は報告書に目を通した。
「なるほど。基本に忠実な仕事だ」
「私もそう思います。派手さはありませんが、確認が丁寧です」
榊は書類を閉じた。
「引き続き様子を見よう」
⸻
その頃、悠真は帰宅の準備をしていた。
組織での初仕事。
何か大きなことをしたわけではない。
ただ、資料を確認しただけだ。
それでも、水原から「助かりました」と言われたことが嬉しかった。
「少しは役に立てたかな……」
そう呟いて、ビルを出る。
夜風は冷たかった。
明日は会社の仕事もある。
二つの生活は、まだ始まったばかりだった。




