第7話 新人、黒瀬悠真
三日後。
悠真は、再びあのビルを訪れていた。
今日は正式な採用面談の日だった。
入口で名前を告げると、受付の女性が静かに頷いた。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、前回とは違う部屋だった。
広い会議室。
テーブルの向こう側には、三人の男女が座っている。
中央にいるのは、五十代くらいの男性。
整ったスーツに、落ち着いた表情。
その隣には、腕を組んだ三十代の男性と、ノートパソコンを開いた女性がいた。
「黒瀬悠真さんですね」
中央の男性が口を開いた。
「私は榊宗一郎。この組織の代表を務めています」
「よろしくお願いします」
悠真は頭を下げた。
「こちらは現場部門の真壁亮。そして情報分析部門の水原紗季です」
「よろしくお願いします」
水原が軽く会釈する。
真壁は悠真をじっと見ていた。
「久世から話は聞いている。だが、念のため確認しておきたい」
「はい」
「格闘技の経験は?」
「ありません」
「射撃は?」
「ありません」
「軍や警察の勤務経験は?」
「ありません」
「特殊な資格は?」
「普通自動車免許くらいです」
真壁は小さく息を吐いた。
「本当に一般人だな」
「はい……」
悠真は苦笑した。
榊はその様子を見て、静かに口を開いた。
「黒瀬さん。なぜ、この組織に入りたいと思ったのですか?」
「正直に言うと、まだ迷っています」
「それでも、ここに来た理由は?」
悠真は少し考えた。
「今の生活を変えたいと思ったからです。それと、久世さんを助けたことがきっかけで、この世界を知りました。何も知らないまま終わらせるのも、違う気がしたんです」
「なるほど」
榊は頷いた。
「では、もう一つ。あなたは自分が危険な仕事に向いていると思いますか?」
「思いません」
即答だった。
真壁が眉を上げる。
「向いていないとわかっていて、なぜ来た?」
「わからないからです。自分に何ができるのか、知りたいと思いました」
榊はしばらく悠真を見つめていた。
やがて、資料を閉じる。
「わかりました。まずは新人として採用します」
「え?」
悠真は思わず聞き返した。
「もちろん、いきなり現場へ出すことはありません。最初は情報整理や調査補助から始めてもらいます」
「よろしくお願いします」
悠真は深く頭を下げた。
真壁はまだ納得していない様子だった。
「現場に出すのは、基本を覚えてからだ。足手まといになられても困る」
「はい。ご迷惑をおかけしないように頑張ります」
「迷惑をかけないことより、まず仕事を覚えろ」
「わかりました」
水原が小さく笑った。
「真壁さん、最初から厳しすぎますよ」
「甘くする理由がない」
「それもそうですね」
榊は二人のやり取りを見てから、悠真に一枚の書類を差し出した。
「こちらが採用に関する書類です。説明を受けてから署名してください」
悠真は書類を受け取った。
こうして、自分でも予想していなかった新しい生活が始まる。
⸻
採用手続きが終わったあと、悠真は久世と廊下を歩いていた。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫なんでしょうか」
「何がです?」
「僕みたいな人間が、ここにいて」
久世は少し笑った。
「最初から何でもできる人間はいませんよ」
「そうでしょうか」
「ええ。黒瀬さんは黒瀬さんのペースで覚えていけばいいんです」
悠真は頷いた。
そのとき、後ろから真壁の声が聞こえた。
「久世」
「何だ?」
「新人の面倒は誰が見る?」
久世は悠真を見た。
「私が最初の案内を担当します」
「そうか。だが、現場に出すときは俺が判断する」
真壁はそれだけ言って去っていった。
悠真はその背中を見送った。
歓迎されているとは言い難い。
それでも、ここでやっていくと決めた。
今は、できることから始めるしかない。




