第9話 初めての現場
組織に加入して二週間。
悠真は、毎日のように資料整理や情報確認を続けていた。
派手な仕事はない。
しかし、少しずつ組織の仕組みがわかってきた。
世界各地に拠点があり、情報は複数の経路から集められる。
構成員同士でも、互いの本名や所属を知らない場合がある。
それほど徹底して秘密を守っている組織だった。
そんなある日。
「黒瀬。少し来い」
真壁から声をかけられた。
「はい」
会議室に入ると、久世と水原もいた。
真壁は一枚の資料をテーブルに置いた。
「今日は現場の補助をしてもらう」
「現場、ですか?」
「といっても、危険な場所ではない。指定された建物で、対象者の動きを確認するだけだ」
悠真は資料を見た。
ある企業の元社員が、社外秘の資料を持ち出した疑いがあるらしい。
組織は依頼を受け、その人物が接触する相手を確認することになっていた。
「俺と久世で現場に入る。黒瀬は後方から記録を取れ」
「わかりました」
真壁は念を押した。
「勝手に動くな。異常があれば連絡しろ。自分で何とかしようとするな」
「はい」
⸻
午後八時。
悠真は、指定された建物の向かいにある駐車場にいた。
イヤホンから真壁の声が聞こえる。
『対象が入った。黒瀬、見えているか』
「はい。入口から入るところを確認しました」
『記録を続けろ』
「了解です」
悠真は手元の端末に情報を入力した。
しばらくして、建物の裏口から別の男が現れた。
対象者と短く会話し、小さな封筒を受け取っている。
「真壁さん、裏口から別の人物が出てきました」
『特徴は?』
悠真は服装や体格を説明した。
『確認した。引き続き監視しろ』
そのときだった。
建物の中から、突然大きな音が響いた。
続いて、ガラスが割れる音。
「何かあったんですか?」
『状況を確認する。黒瀬はその場から動くな』
悠真は周囲を見回した。
駐車場の出口付近に、見知らぬ車が停まっている。
車内には二人の男。
そのうち一人が、こちらを見ていた。
嫌な予感がした。
⸻
数秒後、イヤホンから久世の声が聞こえた。
『真壁、対象が逃走した。こちらで追う』
『待て。裏手に別の人間がいる』
真壁の声が強くなる。
悠真の前に停まっていた車のドアが開いた。
男が降りてくる。
「お前、何を見ていた?」
悠真は身体を硬くした。
「いえ、別に……」
「その端末を見せろ」
男が近づいてくる。
悠真は一歩下がった。
真壁からの指示が頭に浮かぶ。
勝手に動くな。
異常があれば連絡しろ。
だが、男はすでに目の前まで来ていた。
悠真は端末を握りしめた。
「渡してください」
「嫌です」
男の手が伸びる。
その瞬間、悠真は強く願った。
時間が止まってくれ。
世界が静止した。
悠真はすぐに男の手から端末を離し、近くの車の陰へ移動した。
わずか数秒。
世界が再び動き出す。
「どこへ行った?」
男が周囲を見回した。
悠真は車の陰で息を殺していた。
その間に、イヤホンへ小さく連絡する。
「真壁さん、駐車場に不審者がいます。端末を奪おうとしてきました」
『わかった。そこから離れろ。久世が向かう』
悠真は指示に従い、建物の裏側へ移動した。
⸻
任務は、予定より早く終了した。
対象者は確保され、持ち出された資料も回収された。
悠真は大きな失敗をしなかった。
ただ、帰りの車内で真壁から尋ねられた。
「駐車場で何があった?」
「端末を見せろと言われました」
「なぜ奪われなかった?」
「……隙を見て離れました」
真壁は悠真を見た。
「判断は悪くない。だが、次からはもっと早く報告しろ」
「すみません」
「謝る必要はない。次に生かせ」
悠真は小さく頷いた。
初めての現場は、想像していたよりも怖かった。
そして、自分にはまだ足りないものが多いと実感した。




