第4話 戻せる時間
翌日の夜。
悠真は仕事を終え、自宅のテーブルにノートを広げていた。
そこには、昨夜から試したことが書かれている。
時間が止まる。
自分だけが動ける。
止められる時間は、今のところ三秒ほど。
「何なんだよ、これ……」
ペンを置き、深く息を吐く。
自分の身に起きていることを、誰かに相談するわけにもいかない。
病院へ行ったところで、説明できるはずもない。
それに、こんな能力があると知られたら、何が起きるかわからない。
悠真は、ひとまず秘密にすると決めた。
⸻
試していないことが、まだあった。
時間を止める以外にも、何かできるのではないか。
そう考えた悠真は、テーブルに置いたボールペンを見つめた。
ペンを手に取り、テーブルの端から落とす。
床にぶつかる直前。
悠真は強く念じた。
戻れ。
すると、落ちていたペンが床から浮き上がった。
そして、元の位置へ戻る。
「……嘘だろ」
悠真は目を見開いた。
今度は、ペンを落とす前の状態に戻っている。
床に落ちた音も、手の感触も、すべてがなかったことになった。
スマートフォンの時計を見る。
わずかに時間が戻っている。
何度か試すと、戻せるのは十秒ほどだった。
「時間を……戻したのか?」
自分でも信じられない。
だが、確かに起きたことだった。
⸻
さらに、もう一つ。
悠真はテーブルの上に置いた時計を見つめた。
今度は、時間を速めるように意識する。
すると、秒針の動きが急に速くなった。
通常よりも二倍ほどの速さで進んでいる。
「速くなった……?」
自分の身体まで速くなるわけではない。
周囲の時間の流れそのものが変わっているようだった。
ただ、まだ細かく制御できない。
長く続けようとすると、すぐに元に戻ってしまう。
悠真はノートに書き加えた。
時間を止める。
時間を戻す。
時間を速める。
どれも普通ではない。
そして、どれも自分にしか起こせないようだった。
⸻
翌朝。
会社へ向かう電車の中で、悠真は昨夜のことを思い返していた。
時間を止めることも、戻すことも、速めることもできる。
しかし、こんな力を持っていても、今の自分に何ができるのだろう。
仕事を辞められるわけでもない。
生活が急に楽になるわけでもない。
それに、人に知られたくない。
「……普通に暮らしたいだけなんだけどな」
小さく呟いた。
そのとき、スマートフォンが震えた。
見覚えのない番号からの着信だった。
悠真はしばらく画面を見つめたあと、通話ボタンを押す。
「もしもし」
『黒瀬悠真さんでしょうか』
落ち着いた男性の声だった。
「はい。どちら様ですか?」
『久世直人と申します』
悠真の手が止まった。
『先日は、私を助けていただきありがとうございました』
「あ……あのときの」
『一度、直接お礼を伝えたいと思っています』
久世は少し間を置いて続けた。
『それと、あなたに確認したいことがあります』
「確認、ですか?」
『あなたは、あの夜、何を見ましたか?』
悠真は答えられなかった。
電話の向こうで、久世が静かに言った。
『一度、お会いできませんか』
その声には、単なる礼だけではない何かが含まれていた。




