第14話 真壁の判断
「黒瀬、今日の午後は空いているか」
朝のミーティングが終わった直後、真壁に声をかけられた。
「はい。特に予定はありません」
「なら、少し付き合え」
連れて行かれたのは、組織の訓練室だった。
室内には、運動器具や防護用の装備が並んでいる。
「ここでは、現場に出る構成員の基礎訓練をしている」
真壁はそう説明した。
「黒瀬。お前は現場に出たいのか?」
突然の質問に、悠真は戸惑った。
「いえ、まだ自信はありません」
「なら、なぜ前回の任務に参加した?」
「後方から記録を取る仕事だと聞いたので……」
「結果的に、不審者に接触された」
「はい」
真壁は腕を組んだ。
「現場では、予定どおりに進まないことがある。後方にいる人間が安全とは限らない」
悠真は黙って聞いていた。
「お前は格闘技の経験もない。判断の速さも、まだ足りない。現場に出るには危うい部分が多い」
「わかっています」
「なら、当面は資料室で仕事を続けろ」
真壁の言葉に、悠真は少しだけ肩の力を抜いた。
しかし、真壁は続けた。
「ただし、自分の身を守るための訓練は受けてもらう」
「訓練ですか?」
「護身の基本と、危険を察知したときの動き方だ。相手を倒すためじゃない。逃げるための訓練だ」
悠真は頷いた。
「お願いします」
真壁は少し意外そうな顔をした。
「嫌じゃないのか?」
「怖いです。でも、前回みたいなことがまた起きたら、今度はもっと迷惑をかけると思うので」
真壁は短く息を吐いた。
「……その考えは悪くない」
訓練は、思った以上に厳しかった。
相手の動きを見て距離を取る。
腕をつかまれたときに振りほどく。
危険を感じたら、無理に抵抗せず離れる。
どれも簡単そうに見えて、実際にやると難しい。
「もう一度」
真壁の声が飛ぶ。
悠真は何度も繰り返した。
終わる頃には、息が上がり、腕も重くなっていた。
「今日はここまでだ」
「ありがとうございました」
悠真が頭を下げると、真壁はタオルを投げてよこした。
「勘違いするな。まだ現場に出していいとは言っていない」
「はい」
「だが、逃げるために努力することは悪くない」
真壁はそう言い残し、訓練室を出ていった。
悠真は汗を拭きながら思った。
この場所で働く以上、知らないことを一つずつ覚えていくしかない。
普通の会社とは違う。
けれど、目の前の仕事に向き合うことは同じだった。




