7 ロイエル
ギフトを使わずとも、俺の右目が発光すると、驚いた二人は勝手にペラペラと話し始めた。聞いてみると、どれもこれもくだらない嫉妬と怒りだった。
ミュゼリアの祖母は、惚れた旦那に子供を産む製造機扱いされた事を根に持っていた。八人も子を産んだのに、労いの言葉はなく、息子達に無関心で、育児もこちらに全て押しつけてきた。末子の娘だけを可愛がる旦那に対して、嫉妬から愛憎入り混じり、今はただの恨みに変わった。
現会頭は長男だからと厳しく教育された怒りに加え、スペア扱いの弟の方が商才があると気づいてしまった。それでも負けまいと、自分達の時代が到来した時に、全てを牛耳る会頭になっているのは、絶対に俺だと必死に対抗していた。
それを幼い妹にあっさりと見抜かれた怒り。
「イチ兄ちゃんより、ニー兄ちゃん(次男)の方がすごーい」
「イチ兄さんの前で、それは言っちゃダメだよ?」
「内緒?」
「そう内緒」
「ん、わかった」
バカにしやがって、余計な気を使いやがって、弟は自分の方が優れてると分かっていやがると、怒り狂った。
ラルクロッドにいる父と妹が許せないから、妹の子供も相手にしなかった。こちらは代替わりしたばかりで忙しいのに、何の努力もなしに貴族になったと聞いてイライラしたし、自慢話でもされるのかと、姪の手紙は中身を見ずに処分した。
あー、それにあれだ。
半殺しにあったと聞いた時には、ざまあみろと笑いが止まらなかったし、早く怪我の状態を確認して、また笑わせてもらおうと急いで現場に向かった。
王宮に平民が丁重に呼ばれ、王族や宰相を相手に、祖父の威を借りはしたが、言いたい放題できたのはとてもスッキリした気分になった。
この時、父から全権力を取り上げる事にも成功した。本音はオロオロしている父を、妹の元旦那がしたようにボコボコにしてやりたかった。
商才があった弟を、遠い国の支店を任せると言って飛ばしてやった。俺も分かっていることをいちいち補足してきてウザかったから、いなくなってせいせいした。気に入らない弟ほど遠くへ飛ばしてやり、俺がやりやすい環境を整えた。
はぁー。
この二人、まだ喋り続けるのか?
あまりのくだらなさに黙っていたら、どちらが辛かったか競うことにしたのか、夫人と会頭はにらみ合い、声を荒げながら、不幸自慢をし始めた。
この状態からしばらく時間が経っているが、俺は椅子を用意して、「よっこらせっと」としかまだ発していないし、もちろんギフトも使っていない。
祖母も、言い争う雑音を脳内で音楽にでも変換しているのか、全く気にもせずに、優雅に茶と菓子を楽しんでいる。
別室では、呼び寄せていた次男と三男が、魔道具を使ってこちら側を見ているはずだ。焦っているだろうな、公爵家で平民が、当主を無視して親子ゲンカを始めたのだから。
言い争いが終わらない二人に、これ以上は待つ時間がもったいないと、口を出そうとしたところで、ミュゼリアが次男と三男を連れてきた。
「遮断を使ってるから、私達の存在にも、どんな音にも気付かないと思う。終わらなそうだから連れてきた」
そんな風にも使えるのか、凄いな。
「母と兄が、も、申し訳ありませんっ」
次男と三男が勢いよく頭を下げる。溜め息を吐いた後、祖母は、
「早急に話し合いをした方がいいぞ。こちらも本来の目的を見失うくらいに、商会はだいぶひどい状況だ」
「はい、もちろんでございますっ」
「私達は、商会を潰そうと思ってるわけじゃない。原因を知りたかっただけだ。聞いてみれば、ただの嫉妬でガッカリだ。しかもミュゼリアの祖父と母への嫉妬で、ミュゼリアは全く関係なかった」
「ええ。 妹が貴族になったから平民とは関わりたくないと言っていたという母と兄の言葉を、確認もせず信じてしまったこちらの落ち度です。ミュゼリア様、今まで辛い思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」
ミュゼリアを姪っ子ではなく、貴族令嬢として扱っているところは好感が持てるな。
「許します。 あの時、誓約魔法を使うことを最後まで言い続けてくれたのは、お二人とお聞きしました。おかげで王命は使われず、好きな人と結婚できます。ありがとうございます」
「そう言ってもらえると、あの時頑張って良かったと思えます。祖父達のような肝っ玉までは遺伝してなかったので、内心は緊張でビクビクしていたし、とても怖かったのです」
次男の言葉に、三男も首を縦に振り同意している。
「まぁ、とにかくミュゼリアは私の娘になった。そちらの商会との縁は切れたのだから、ミュゼリアの能力を当てにする事は許さん。本店がクビにした魔道具師も戻りたくないと言っているから、連れ戻す素振りを見せたら許さん。後はお主らの妹だな。商会から納められた税金を自分達の為に使いこんで、国には何年も滞納状態だ」
驚いた顔をしているが、残念ながら事実だ。
「王家から本店へ督促状が届いてるはずだ。調べてみるといい。 とにかく大きな商会だ。トップがマトモじゃないと、崩れた時のダメージも相当なものになるぞ。今の現況をしっかりと調べ、向き合い、これからどうするのかをきちんと考えないと、間に合わなくなるぞ。どうしてもの時は、私のところに来い。孫やミュゼリアを頼るなよ?」
真剣な顔をした祖母の助言に、二人は深く頭を下げ、感謝を述べた。
「なら話は終わりだ。まだ親子ゲンカが終わらない二人の事はお主らに任せるぞ? ロイエルとミュゼリアは最後に何か言いたい事はあるかい?」
先に俺から言わせてもらうか。
脅しのためにピカッと右目を発光させてから、
「私はこの目と、望んでもいない自白なんて面倒なギフトを授けられ、散々な思いをしてきた。それでも両親や祖母が寄り添ってくれたから、立ち上がる事ができた。
だが、ミュゼリアは助けを求めても無視され孤独だった。
彼女は自分の能力を誰にも相談できず、隠すしかなかった。自力で魔法石を採掘して金を稼ぎ、聖獣にも認められ契約を交わし、冒険者資格もAランクを所持している。一人だったからそうやってがむしゃらに生きていくしかなかった。
貴族になったが、当然貴族らしい優雅な時間を過ごすことなんてできなかった。
あー、私と結婚したら全力で幸せにするつもりですので、心配は不要です。
この先、ミュゼリアの能力を当てにするようなふざけたまねをしたら、貴族らしいやり方で商会を潰しに行くので、特に夫人と会頭、ミュゼリアの母にはよく言い聞かせてくださいね。
最後に、ミュゼリアは商会の自慢をしたことも、利を得ようとしたことも一度もありません。商会の皆様も今さらミュゼリアを自慢したり、利を得ようとしないでください」
二人は怯えながらも俺の目を見て話を聞き、しっかりと頷いた。
「私が言いたい事は、今ロイエルが全て言ってくれました。私は、ロイエルと結婚して幸せになります。辛い思いを乗り越えたから、ロイエルに会えたと思っています。伯父様達は、商会を発展させたご先祖様に顔向けできないことにならないよう、これから大変でしょうが頑張ってください。本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございました」
ああ、絶対に幸せにしてやるからな。
祖母とミュゼリアが部屋から出て行くと、遮断の効果も切れたらしく、ケンカしていた二人が次男と三男に気づき、目をまん丸にして驚いている。
「あ、貴方達・・・どうして」
「はっ? お前ら・・なんで・・・」
「公爵家で、親子ゲンカなんてしてるからですよ。恥ずかしい。商談は破談になりました。帰りますよ」
三男が会頭を引き摺るようにして、次男は夫人の腕を容赦なく引っ張りながら帰って行った。
*****
あれらが帰ってからのミュゼリアは、すっきりしたのか俺にべったりだ。もちろん俺も大歓迎でミュゼリアをなでまわす。
「んー、ロイエル大好き」
頬にちゅっとキスをしてくるミュゼリア。
「今日、頑張ったご褒美か? ならキスをする場所が違うだろ?」
俺の両頬に手をあて、唇にちゅっとキスをしてから俺の目を見て恥じらい、視線を俺の唇に移したミュゼリアは、まだ自分も足りてないとでも言うように、今度は長いキスをしてきた。
あー、たまらん。
なんだあの視線の動かしかたはっ! 誰が教えた?
満足げにふにゃっと笑いながら、俺にもたれようとしたミュゼリアに、
「まだだ」と言って、ミュゼリアの片頰に手をあて、俺からもキスをする。下唇を味わい、上唇も味わい、いつもと違うキスに少し驚いているミュゼリアの隙を狙って、舌を使った。
「んー!?」
「ご褒美だろ? なら、俺はこっちのキスがいい。ミュゼリアも舌だして?」
「・・・・・・・・・・ん」
「ククっ、ん、いい子」
「んーっ!」
素直なミュゼリアは可愛いな。
俺は満足するまでミュゼリアを味わった。
今度はぐったりとして俺にもたれたミュゼリアをぎゅうぎゅうに抱きしめる。
あー、可愛い。
「今日のことは満足したか?」
「うん。ありがとう。私もエスも全く気づかれなかったけど、本当に少しも寂しいとは思わなかった。そんなことより、これからの商会の方が心配になったよ」
「ククっ。ホントそれな」
「師匠もすごくカッコよかった。・・・・・けど」
「けど?」
「・・・ロイエルがすっごくカッコよかったのっ!」
がばっと顔を上げ、頬を染めて、キラッキラの目で俺を見上げるミュゼリア。
「お、おう。そうか?」
挨拶をした後は、親子ゲンカを黙って見ていただけだったけど?
「ぼろローブを着ていないシャツとスラックスのロイエル。ボサボサじゃなくてきれいに髪を整えたロイエル。貴族らしい言葉を使うロイエル。やっつけじゃなくて、自然ですごく素敵だった。ノアとギフトを見せちゃったけど、私のことを、自慢するな、利を得ようとするなと言ってくれた時の顔は、本当にカッコよかったぁ」
うっとりとした顔をするミュゼリア。
「・・・でもね、不安にもなったの」
「ん? 何をだ?」
「今日のかっこいいロイエルを他の女性が見たら、ロイエルを好きになっちゃうかもしれない。ボンっキュっボンっの綺麗なおねーさんに誘惑されたら、私はあっさり捨てられそう」
しょんぼりとした顔をして、
自分の胸を手で押さえて溜め息を吐き、次は腹の肉をつまんでガッカリした後、尻をペしぺしと軽く叩いて、うなだれるミュゼリア。
「ククっ。はははっ」
ダメだ、笑いが止まらない。
肩書きで近寄ってくる女なんて興味はない。俺自身を好きだと言ってくれるミュゼリアを、絶対に手放すわけがないのにな。
「ガリガリだったおチビちゃんから、だいぶ成長しただろう? 俺はミュゼリアを抱きたいのをいつもガマンしてるんだからな? それとも今から追加のご褒美で寝室行くか?」
「~~~っ、まだ全部はダメっ」
「へぇー、全部じゃなきゃいいのか?」
「~~~っ、うん・・・。でも今日はいつもと違うキスをしたでしょう? あのキスにもっと慣れてからがいいかな・・・」
はぁ、マジで抱きてぇ。
ったく、なんつう破壊力で俺を攻撃してくるんだ。
ミュゼリア、お前の今の顔も誰にも見られたくないよ。世の中の男が皆、ミュゼリアに惚れちまいそうで不安になるよ。
「んじゃ、早く慣れてもらうために復習するか」
「ん、大好きロイエル」
「俺も」
夕食時、
ふわふわとしたミュゼリアと、ご機嫌なロイエルを見て、皆が何かを察したが、今日は見逃してやろうと思うのであった。




