第19話「梓の哲学。」
「んむ……?」
真霜が目を開けると、辺りはまだ暗かった。
「……私のベッドじゃない。」
フラフラと見まわした時、自分の見慣れたものが無かったが梓の漫画が積んであるのを見て、
「梓さんのベッド……。」
と、呟いた。
「でも、梓さんはどこいるんだろ?」
真霜はベッドから降りようとするが、力が入らず体を起こすのが精一杯だった。ふと棚に目をやると、一枚の紙があるのに気づいた。真霜は手を伸ばして何とか掴み、ベッドの明かりをつける。
「……じゅう、きゅう?」
ふりがなを読みあげる真霜。
「これって"拾う"って読むんじゃないのかぁ……。漢字がいっぱい。」
その下には十九行にわたって長い文章が書かれていた。
「常に落ち着いて深く考えなさい。」
声に出して読んでみるが真霜はイマイチ理解が出来ない、正確には文章の本質を捉えきれなかった。
「どうして考えなきゃいけないんだろ?」
"考えても"分からなかったが次々と読んでいった。しかし、十九個の内なんとなくでも理解できたのは二つほどだった。
「うーん。なんでこんなのが書いてあるんだろ?」
首を捻り、腕を組んで唸るが自身が納得できる答えは出てこなかった。そしてそうしているうちに再び眠気に襲われ、真霜は布団をかぶった。
「あぁ~、腰が痛い……。」
重い足取りで梓が元の病室に戻ってきたのは翌朝だった。点滴をした後、梓は眠ってしまい、敷島に今朝になって起こされたのだ。
「あー寝違えた……。もうヤダ。」
と、ぼやきながら梓は自分のベッドのカーテンを開いた。
「あ、忘れてた。」
眠っている真霜を見て梓は頭を掻く。
「どうしたものかしら?真霜のベッドにいる訳にもいかないし……。」
その時真霜が目を覚ました。
「あ、アズサさん。おはよう……。」
「ごめんね?起こしちゃったかしら?」
梓の言葉に、真霜はふるふる、と首を横に振る。
「それより梓さん、これ。教えて……。」
目をこすりながら、真霜は昨晩見つけた紙を差し出した。それを見て梓は苦笑いをする。
「あー、それ見ちゃったのね、まぁいいけれど。やっぱり分からなかった?」
「うん、難しいけど知りたい。なんか大事な事みたい……。」
真霜は紙を改めて見つめながら言う。
「……確かにそうね。私が大事だと思ってる事よ。本当に知りたいなら手助けはしてあげる。けれど、ちゃんと自分で考えなさい。」
梓はいつになく真剣な眼差しを真霜に向ける。それを敏感に感じ取った真霜は、
「……どうして自分で考えなきゃいけないの?」
と、梓を真っ直ぐ見据えて言った。
すると梓は真霜のいるベッドに座った。
「そうね、説明が難しいけれど、自分の力で理解したものに本当の価値が宿るのよ。これの反対が、答えをそのまま教えてもらうって所かしら?」
「んー、自分で考えるって、自分で答えを出すってこと?」
顎に人差し指を当てて真霜は言う。
「かなり近いわ。例えば学校で算数のテストがあるとしましょう。自分で理解して答えを出すっていうのは、自分で勉強して、自分でテストを受けること。これの反対はね……」
「友達に自分のテストをやってもらう!」
真霜は梓の言葉を先取りした。
「その通り。」
「あれ?でも梓さん、さっき手助けはしてくれるって言ったよね?」
天井を見上げて不思議そうにする真霜。
「そうよ。テストの話でいえば事前のテスト勉強を手伝う感じね、アドバイスしたり。そしてこの紙で言えば、あなたが分からない単語とかは教えてあげる。けれど、あなたがその文章をどう受け取るべきか、とかは私は言わないわ。」
そう言われるが、まだ真霜はピンと来ていない。
「そうねぇ。なら例えばこの四つ目"失敗からは必ず学ぶこと"。意味はなんとなくわかるわよね?」
真霜は紙を見つめながら頷いた。
「けど、どうしてそうしなければいけないか。そしたらどうなるのか。それについては、私は特に教えないわ。そこを自分で考えてみなさいって事ね。」
梓は真霜の肩を叩く。
「ほら、そろそろご飯の時間よ。」
真霜は紙を見つめたまま自分のベッドに戻り、紙を見つめたまま食事を取っていた。
「ねぇねぇアズサさん。ここどういう事?」
それから一週間ほど真霜は梓に何度も聞きに行っていた。
「"いんがすいろん"ね。」
「どういう意味?」
真霜は眉を寄せて、細めて文字を見ている。
「物事には必ず原因と結果があるわ。そして、それが何なのかを見極める事ね。」
「原因と結果?」
「そう、例えば真霜は一昨日寝坊していたわよね?どうしてだったかしら?」
梓の質問の答えを考えてから、ぽんと真霜は手を打った。
「夜遅くまで漫画読んでたから!」
真霜の言葉に梓は頷く。
「それが原因。言い換えてみれば理由ね。夜遅くまで漫画を読んでいたから寝坊をした。もし漫画を読まずに早く寝たらどうなるかしら?」
「ちゃんと起きれた、かな?」
「ええ、とりあえずそれでいいわ。こんな風に、どうしてこんな事が起きたのか?大分簡単にしているけれど、これが因果推論ね。」
梓の言葉に、真霜は嬉しそうに頷き、
「アリガト!アズサさん!」
と、言って出て行こうとした時、思い出したように梓が言った。
「あ、真霜、悪いんだけど紙パックの紅茶いくつか買ってきてもらえないかしら?」
「……?分かった!ちょっと待ってて!」
パタパタとスリッパを鳴らして真霜は病室から出て行った。
「……っ!はぁ……。」
真霜が出て行ったのを確認し、梓はため息をつく。今朝からしばらく動悸が続いていた梓は、顔を歪め胸の辺りを抑えた。
「やっぱりこないだのゴタゴタが原因かしら?やっぱりもう、余り持たないかしら……。」
梓はナースコールを押し、敷島を呼んだ。
「どうしました?」
少ししてからやってきた敷島はカーテンが開けると、梓は先に声を掛ける。
「く、薬を貰えるかしら?あと言っておくことがあるわ。」
「え?は、はい。」
敷島はすぐに薬を持ってきて梓に渡し、梓はすぐにそれを飲み込んだ。
「んく、はぁ……。ありがとう。」
「それでお話とはなんでしょうか?」
「最近、体調が良くないわ。」
梓は少し低めの声で切り出した。
「ええ、確かにそうですね…。」
実際、最近梓がナースコールで敷島を呼ぶ回数が多くなっていた。
「念の為に言っておくけど、私の病気、余命。この辺りの事は真霜には絶対言わない様に。いいわね?」
梓にじっと敷島を見つめる。
「は、始めから言うつもりなんかありませんよ。」
敷島はつい目を逸らしてしまう。
「さぁ、どうかしらね?あなたは変に優しくて淋しがり屋だもの、あの子にうるうるした瞳で聞かれたら"ここだけの話ね"と言うだけの前提を置いて言っちゃいそうなんだもの。」
梓はため息交じりに言って苦笑する。
「だ、大丈夫ですってば!」
「頼んだわよ。あなたは本当に信用できる数少ない人の一人なんだから……。」
それを聞いて敷島は驚いたような表情をした。
「……って言ったら嬉しいかしら?」
「もう、からかわないでくださいよ!」
敷島は膨れ顔をして病室から出て行ってしまったのだった。




