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縹の空  作者: 藍谷 紬
昼下がりの野良猫
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15/27

第15話「母と娘。」

「梓さん。」

とある日の朝、敷島が漫画を読んでいる梓のところへやってきた。

「ちょ、ちょっと待って。今主人公たちがゾンビの大群の横を通る重要な場面なのよ……。緊張感が凄いわ……。なんて作画と表現力!」

と、本から目を離さずに梓は言った。

「あ、いえ、お話ししたいことがあるんです。」

敷島の言葉を聞いて梓は顔を上げる。真霜のベッドの方を見つめた後、

「場所を変えましょうか。」


梓は紙パックの紅茶を飲みながら屋上へ来た。

「……。やっぱり葉っぱで入れる方がいいわね……。それで話って何かしら?」

「真霜ちゃんの事です。」

敷島は梓をまっすぐ見据えて言った。

「そう……。」

梓は壁にもたれかかり、ストローを鳴らす。

「実は彼女、お母さんを無くしたんです、交通事故で。」

「……ええ。」

「真霜ちゃんとお母さんが一緒に道を歩いてきたときに、居眠り運転のトラックが突っ込んできて、お母さんは真霜ちゃんをかばったそうです。」

敷島はそう言って俯く。

「なるほど。だからなのね……。」

梓は泣きながら謝り続ける真霜の姿を思い出す。

「え?」

「あの子、小さなことでもすぐ怖がって謝るでしょう?知らない人に対して失望されるとか、怒られるんじゃないかって感情があるんじゃないかしら?勿論、酷くショックな出来事よ。でもそこまで人に対して怯えるきっかけになるのかしら?」

梓の言葉を聞くと、敷島ははっとする。

「それなんですが……。」

おずおずと言い出す敷島に梓は眉を上げる。

「現場は人通りがもともと少ない所らしくて、目撃者が他にいなかったそうです。加害者は眠っていて何も覚えておらず、被害者の内一人は亡くなりました。それで事件担当になった人が、思い出せない真霜ちゃんにしつこく……。」

そう聞いて梓は空になっていた紙パックを握りつぶした。

「チッ!腐ってる、どいつもこいつも。あの子が何したっていうのよ……?子供を守るのが社会ってもんでしょうが……。」

眉間に皺をよせ、唇をかむ梓。

「私が知っているのはこれくらいです。ですから真霜ちゃんが何か思い出して、パニックになったりするかもしれないと聞かされていました。」

「分かったわ。話してくれてありがとう、京ちゃん。任せなさい、とは言えないけれど"出来ることを精一杯やる"わ。」

屋上の扉の隣にあるゴミ箱に紙パックを投げ、梓は病室に戻っていった。

「梓……さん……。」

敷島は閉められた扉と、ごみ箱の前に落ちている紙パックの紅茶を見た。

「ちゃんと入れてください……。」

と呟き、ごみ箱に入れなおした。


「さて、続き続き……。」

そう言いながらベッドのカーテンを開ける。

「……真霜。あんた何してんのよ?」

真霜が梓の置いていた漫画をベッドに座りながら読んでいた。

「これ、読んでる……。」

漫画を梓の方へズイッと突き出す。

「そういう事じゃなくてね?ああもう……。とにかく返しなさい。」

梓はそう言うが真霜は首を横に振る。

「それは、どうしてかしら?」

梓の言葉を聞き俯いていた真霜だったが、やがて、

「返したら、戻らなきゃいけないから……。」

と小さな声で言った。

「……。」

少し驚いて梓は真霜を見る。

「別に追い出すつもりもないし、戻る必要もないわ。ただその15巻はまだ途中までしか読んでなくて、結末が気になるのよ。ほら、とりあえずこの1巻から読んでていいから。」


十五巻を真霜の手から取り、代わりに1巻を渡した。

「ここに、いていいの?」

「ええ、構わないわ。」

梓は真霜を少しずらし、自分もベッドに座って続きを読み始めた。しばらく読んでいると真霜が寄りかかってきた。渡した一巻を読んでいる気配はなく、寧ろ梓の持っている巻を一緒に見ているようだった。

「……読みづらいわね。」

と梓は心の中で思ったが敷島の話を思い出して、言うのは止めておいた。

「多分本を読むことが目的じゃなくて、私が目当てね。全く……。こういう子って突き放すと閉じこもるし、構いすぎたり、助けすぎると依存しちゃうのよね。」

最早漫画の内容は入らず、真霜の事を考える梓。

「依存すること自体この子の為にはならない。そして何より依存されても私は長くない……。」

「お姉さん?どうしたの?」

真霜が梓の顔を覗き込む。

「え?あぁ、何でもないわ。あと、私は梓よ。」

「アズ、サ?」

「そう。」

「アズサさん?」

「ええ、それでいいわ。さて、そろそろお昼ね。一度戻りなさいな。」

そう言うと真霜はむくれるが、渋々戻った。食事が運ばれてから、向こうのベッドのテレビが流れ出したが、

「真霜ちゃん、病院のこのテレビはイヤホンを使ってね。他の人が困っちゃうから。」

と、敷島が諭す声が聞こえてきた。

「……アズサさんに怒られる?」

真霜が小声で聞き返す。

「さぁ、どうかしら?怒られちゃうかもねぇ~?」

と、悪戯っぽい声で敷島が言う。するとすぐにテレビの音が聞こえなくなった。

「いい子ね。」

敷島は次に梓の食事を持ってきた。

「京ちゃん、あんたって子は……。」

梓は首を振る。

「なんです?大分仲良くなったんじゃないですか?」

食器を置きながら、敷島はニヤニヤしている。

「私を脅しに利用するのは止めて頂戴。それに私が何かしたわけじゃないわ。勝手にあの子がくっついてくるだけよ。私だって、ずっといれる訳じゃないわ。」

その顔に陰りを見せる梓だが、

「でもここ数日真霜ちゃんは明るく、素直になってくれました。梓さんのおかげだと思います。ありがとうございます。」

と敷島は笑ってその場を去って行った。

「私は何もできてないわ……。あの子の事はあの子でやらなきゃダメなのよ……。」

そう言いながら梓は、泣いている椥叉を思い出していた。梓はそう呟きながら、好物のエビフライを口に運んだ。

「なんだか、味が薄いわ……。」



食後に梓は微睡の中にいた。

『やだよ、おかーさん行かないでよ……。』

『おかーさんと一緒じゃなきゃヤダよ……。』

「椥叉…………。」

目の前に現れる娘は大きな声を上げて泣いている。頭を撫でようと手を伸ばしても届かない。

「どう、して?どうして私は、自分の娘に何もしてあげられないの、、?」

梓は頭を掻きむしって歯ぎしりをする。

「椥叉にこれを……渡さなきゃ。椥叉!」

手を伸ばして苦しむ。その時、伸ばしていた手が何かに触れた。

「……え……?」

ようやく梓は目を覚ました。気づくと真霜の小さな手が梓の弱った手を握っていた。

「まし……も?」

「アズサさん、大丈夫?」

真霜はもう片方の手で横になっている梓の頭を撫でている。

「敷島さん、呼ぶ?」

そう言われ、梓は体を起こす。

「大丈夫よ。ありがとうね……。」

額に汗を滲ませながらも笑顔を見せる。

「ナギサって誰?」

「あぁ、私口に出していたのね……。椥叉は私の娘よ。ちょうどあなたと同じくらいの年齢じゃないかしら?」

真霜の顔を見ながら梓は言う。

「……ふーん。」

「い(・)つ(・)か(・)会って、友(・)達(・)になってくれると嬉しいわ。」

「う(・)ん(・)!」

にっこり笑顔でしっかり頷く真霜だった。

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