第14話「臆病で、優しくて、気まぐれ。」
「ふあぁ……。」
梓は今朝早くに目を覚ました。昨晩は真霜の為に早く寝たからだ。
「私の事意識してたら、絶対食べないでしょうしね……。」
梓は音をたてぬようにベッドから降り、真霜のベッドカーテンの隙間から彼女の様子をうかがった。真霜はまだ静かに眠っていた。そしてサイドテーブルには空の皿が置いてあり、梓はほっとする。
「何故かしら?とっても安心してるわ、私……。」
そこから離れようとしたとき、真霜が呻き声を出した。
「う……あぅ、うぁ……!!」
眉間に皺をよせ、苦し気な表情をし始める。
「っ!」
気づけば梓は彼女の眠るベッドにあるナースコールを押していた。
「琴ノ葉さん!琴ノ葉さん!?」
梓は布団の上から彼女の身体をゆすった。
「うっ、あぁ……お、お姉、さん……?」
額に脂汗を滲ませて梓を見上げる。
「どうしたの?うなされていたけれど。」
「お、お母さんは、わた、私のせいで……。」
真霜は身体を震わせて怯え始めた。
「っ……。」
梓はどう言葉をかけてよいか分からない。下手なことを言うことが出来ずに、とにかく真霜の身体を優しく抱く。ゆったりとしたテンポで背中を叩き、時折頭を撫でた。と、そこに敷島がやってきた。
「真霜ちゃん、どうし……って。え?どうして梓さんが?」
暫くの間泣いている真霜だったが、やがて泣きつかれて眠ってしまった。
「こんな朝早くどうしたっていうんです?」
梓の腕の中で眠り始めた真霜をベッドに寝かせ、布団をかけた後、廊下に出た梓に敷島が聞いた。
「彼女の様子を見ろと言ったのは誰だったかしら?そのあたりはその人の方が詳しいんじゃないかしら?」
と、皮肉めいた口調で梓は言う。
「それは、そうですが……。どうしてナースコールを押して、何故あんな風になっていたのか。教えてもらえませんか……?」
「朝早く起きたらあの子のうめき声がしたのよ。悪夢を見ているようにね。」
腕を組んで、壁にもたれかかって梓は言う。
「そう、ですか……。」
「あなたはああいう風になったあの子を、どうするつもりだったの?」
「それ、、は……。」
梓と目を合わせることが出来ず、敷島は俯いた。
「ねぇ、京ちゃん?」
あだ名で呼ばれた敷島は顔を上げる。
「私は昨日あなたに"私はもうあの子とは関わりたくない"って言うつもりだったわ。」
「え?」
驚いた様子で敷島は声を出す。
「彼女の事を何も知らない、そんな状況で様子を見てくれって言われても、中途半端になるだけ。私はそう考えているわ。」
敷島は梓の言葉を黙って聞いていた。
「こういう事はとてもデリケートな問題よね。話せないならそれでいいわ。そしてそれが、本当の意味であの子の為になるなら、ね。」
そう言って梓は敷島の肩にポンと手を置いたあと、病室へ入っていった。
「梓さん……」
敷島は梓の命がもうあまり長くないことを知っていた。だからこそ、今の自分が情けなくて仕方が無かった。患者の個人的な話を他人にするのはあり得ない。長い付き合いである梓にも話すことはしない。しかし、こっちが様子を見てくれと言っているのに、何も話さない、教えない。
「私は、ホント自分勝手だなぁ……」
そう呟いて彼女は受付に戻っていった。
「へああぁ~……。」
間抜けな欠伸をする梓は、病院の中にコンビニにいた。
「やっぱ生活リズムは変えちゃダメね。眠くて仕方ないわ。」
雑誌コーナーで何を読むか、ぼーっと眺め、スポーツ誌を手に取った。
「へぇ~、去年プロ入りしたばかりなのにホームラン打っちゃったのね……。凄いわ。」
野球など大して知りはしない梓だったがなんとなくの感想を浮かべる。
「ん?」
ふと雑誌から視線を上げると、コンビニの外で真霜がおろおろしているのが見えた。
「行くべきかしら?いや、どこで何してようとあの子の勝手か……。」
と梓は思い、再び雑誌を読む。数ページ読んでから顔を上げると、真霜の姿はもう無かった。
「どこかに行ったわね。」
ほっと溜息をついた時だった。
「お姉さん。」
と足元から声が聞こえた。
「とわぁい!」
思わず雑誌が手からすっぽ抜けそうになるがなんとか耐えた。
「も、もう……。びっくりさせないでよ。私の心臓今危ないんだから……。」
目をぱちくりさせながら、胸に手を当てながら梓は言った。
「あ、ごめんなさい……。」
「はぁ、まあいいわ。どうしたの?」
「ここって、どこ……ですか?」
真霜は小さな紙を梓に見せる。梓はしゃがんでそれを読む。
「三号棟 三階 心療内科 走仲先生……。なるほど、迷ったのね。」
苦笑いをしつつ、立ち上がってコンビニを出た。
「ほら、こっちよ。」
先を歩いていると、真霜は後ろについてきた。
「京ちゃ……。いえ、看護婦さんに書いてもらったの?」
梓が見下ろして言うと、真霜は黙って頷く。
「京ちゃん、あんたって子は……。心療内科なんてこの年齢の子が読める訳ないでしょうに……。それに一人で行かせるのはどうなのよ?」
梓は首を横に振る。いくら大きくない病院とはいえ真霜は小学校低学年くらいだ。
「あとで言っておかないとねぇ……。あー、あなた真霜って言ったかしら?」
梓の問いに真霜は頷く。
「いい?真霜。今度からはちゃんと初めから大人の手を借りなさい。分かった?」
梓はしゃがみ込んで、真霜の両肩に手を置く。すると真霜は、何回か素早く頷いて梓の手を握った。
「あ、いや、私じゃなくてね?看護婦さんっていう……。」
しかし、真霜は手を離さない。
「はぁ、今回だけよ?」
今度は嬉しそうに頷く真霜。
「どうも調子狂うわ。この子は看護婦には懐かないし、どうして私にはためらいなく寄ってくるのかしら?」
手を繋いで心療内科のところまで来ると、受付の看護婦は、
「はい、琴ノ葉 真霜さんですね、こちらです。じゃあお母様はこちらのイスでお待ちください。」
と言った。
「え、いや私、同じ病室の病人ですよ。帰ります。」
と言って戻ろうとすると真霜は梓の手をガシッと握り、首を横に振る。
「ダメ……?ここにいるの?私?」
真霜は梓の言葉に強く頷いた。
「まるで強気な外交官ね……。」
うなだれた真霜が診察室から出てくるまで待合室のテレビをぼーっと見ていた。
「全く。なんかあの子椥叉に似ていて強く出れないわ……。あの年齢の子って似るものなのかしらねぇ……。」
梓には、べったりくっつく所も強引な所も、かなり似ている様に思われた。
「まだ二日しか経ってないのに……。」
梨を上げたことで懐かれたのなら、それも注意しておかなければいけないと、梓は深いため息をついたのだった。




