第11話「ともしび。」
家に着いた椥叉はクローゼットの中を掻きまわしていた。
「最近使ってなかったもんなぁ……。どこに?あ!あった、あった。」
優しく引っ張り出したのは白い季節外れのマフラーだった。
「懐かしいなぁ……。」
先端にあしらわれたアザラシの顔を見て椥叉はぽつりと言う。
「お母さん……。」
マフラーを握り締めたまま、机の上に置いてある母の写真を見る。椥叉は椥叉の母に似ていた。唯一違うのは、椥叉の母は長い茶髪であったところだろう。
「今日は久しぶりに楽しかったなぁ。真霜に、ナヅハ、か。全然似てないなぁ、あはは。」
喫茶店でのことを思い出しクスクスと笑う。マフラーを畳んで片付けようとしたとき、クローゼットの中に積んであった段ボール箱のひとつを倒してしまった。
「あっちゃあ……。」
それを片付けようとしゃがむと、クローゼットの更に奥のところに少し小さめの段ボールを見つけ、それを引っ張り出した。箱の中にはアルバムが一つと、小さな箱がいくつも入っていた。
「わぁ、懐かしい……。私の小さい時の写真だ。」
生まれたときの写真、砂場で遊んでいる写真、椥叉が入院している時の写真。どの写真に写っている椥叉も満面の笑みで、椥叉の母も笑顔でこちらを見ていた。しかし、最後のページにあった一枚だけは違った。この写真だけ、椥叉の母がベッドで布団をかけて座っており、一緒に写っていた椥叉は、俯いて母の方もカメラの方も向こうとしていなかった。そんな椥叉の頭に手をのせ、椥叉の母は悲しそうに笑っていた。
「……あの時か。あれ?なんでこれ?」
椥叉はその写真を不思議そうに見つめる。この写真を撮った時、母は昼食を取っていたのだろう、食器が置いたままだったのだが、何故かデザートの皿が二つあった。
「なんでだろう?まぁ、いっか。」
こんなことを考えたところで何が分かる訳でもないと、椥叉はアルバムを閉じた。アルバムを箱の中に入れようとした時、アルバムの中から一枚の紙が落ちた。
「何だっけこれ?あぁ、これか……。」
その紙に書いてあることを読んでから微笑んでそれを片付けた。
「さて、明日の学校の準備しなきゃ。」
「~♪」
あの歌のメロディーを鼻歌で歌いながら、真霜はキッチンで料理をしていた。人参、じゃがいも、しらたきが入っている鍋にだし汁を入れる。
「肉じゃが?どうしてまたいつもより手間のかかるものを?」
ナヅハは意外そうな声を上げて、注がれる出し汁を眺めている。
「例えるならそうだね、料理番組で出てきた料理がすっごく食べたくなる、みたいな?」
「なるほどね、でも今日はいつもより疲れてるでしょうに、そんなに食べたいのね……。」
エプロンを外して、真霜はタイマーをセットし一息つく。
「まぁそういう時もたまにあるよ。」
机の前の椅子に座ってスマホで動画を見始める真霜。動画を見ながら帰りに付けたシマエナガのストラップをムニムニと握る。
「ほんとによかったのかなぁ?」
動画を見たままぼんやりと真霜が呟く。
「何がよ?」
「アザラシのヘアゴム。」
「ああ、いいんじゃないかしら?椥叉もこれがいいって言ってたじゃないの。」
「そうは言ったけどさ、気遣われたんじゃないかなぁ?って。全く同じモチーフのアイテムっていいのかなぁ?いや私ならいいけど、そんなお母さんから買ってもらった大事なものと同じっていうのは……。」
真霜は眉間に皺を寄せて唸る。動画の内容など全く入っていない。
「あなただって同じような髪飾り持ってるじゃないの。歌舞伎の、何て言ったかしら?カタキとか、ドウケとか?」
「あれは違うでしょ!全っ然違うんだよ!?このくだり昔やったよね……?」
急に声を大きくして真霜は反論した。
「それと同じ、私には分からないわ。カウルのついたバイクが全部同じに見える人もいるし、パソコンだって値段が十倍も違っていても興味ない人には違いなんて分からない。ユーフォニアムとチューバから同じ音が出ると思い込んでる人だって中にはいるわ。椥叉にとってのアザラシもそういうことよ。今の椥叉が、あの場所でそんな安っぽい気遣いをすると思うの?それにあなたは彼女の顔をちゃんと見た?」
「顔?」
真霜はナヅハに言われてその時のことを思い出す。
『ううん、これでいい……これがいい。ありがとう、真霜。』
「その時の顔が、気遣いをしている様に思える?」
回想を続ける真霜に向かってナヅハは言った。
「……確かに、それは無さそう。」
「そういうことよ。心配する必要はないわ。」
「そっか……。」
尚も少しばかり煮え切らない様子でその時タイマーが鳴り響いていることに気が付き、真霜は慌ててキッチンに戻った。一口味見をする。真霜とは違って良く煮込めた、肉じゃがの味は良かった。
「……おいしい。」
「おはよー。」
翌日の朝、真霜は教室に入った時に会った奏に挨拶をする。
「うん、おはよ真霜。」
奏は優雅な笑顔で返した。自分の席に着こうとした時、既に座っていつも通り文庫本を読んでいる椥叉を見て、カバンを取り落としそうになった。
「あ!椥叉!その髪型は……!」
椥叉は真霜が選んだアザラシのヘアゴムを使ってポニーテールにして来ていた。
「あ、うん。せ、折角選んでもらったし、可愛いし……。」
椥叉は文庫本で赤くなった顔を隠し、目を逸らして言った。
「ほぉ~?照れているねぇ~?」
ニヤニヤしながら真霜は椥叉のヘアゴムを見る。
「ね?心配は無用だったでしょう?」
ナヅハもにっこりして言った。
「あ!綾紫野さん。その髪型良いね!ヘアゴムも綺麗で可愛い!」
二人の会話に奏が加わってきた。
「そ、そうかな……。ありが、とう。」
恥ずかしそうに目を逸らす椥叉。
「ふむ、真霜さんや。」
「なんだい奏さん?」
「なぜ彼女は目を逸らすんだい?嫌がられちゃったかい?」
「いやいや、そんな訳はあるまいよ。酷く恥ずかしがり屋なものでね。奏さんとも仲良く従っているのだがねぇ~?」
そんな二人の安っぽい時代劇のモノマネ会話をするので流石の椥叉も割って入った。
「ちょ!ちょっと真霜!それは!」
彼女の焦った様子を見て真霜と奏は笑った。
「あはは、ごめん、ごめん。」
「もう……。」
「にしても二人って仲いいよね?」
真霜と椥叉を見て、奏は言った。
「……そうかな?」
二人は顔を見合わせる。
「真霜がこんな風に明るいとこ見たことないもん。」
「あ!ちょっと奏!?何言うの!」
今度は真霜が焦る。
「四月の時なんて拒絶オーラが凄くてさ、もう怖いのなんのっ……」
「わー!黙って!いや黙りなさい奏ぇ~!」
奏の口を咄嗟に塞いで騒ぐ真霜。
「くそぅ!かくなる上は奏の想い人を暴露してしまおう…!この子の好きな子はね!」
悪い笑顔を浮かべて真霜は言う。
「はぁ!?待った!まっしーちゃん!それは止めて!」
先ほどの優雅な笑顔はどこへ行ったのか、今度は奏が必死に真霜の口を塞ごうとする。
「誰がまっしーちゃんよ!誰が!」
その二人を見て椥叉は笑いを堪えきれていなかった。三人の大騒ぎはホームルームが始まるまで中断すらされなかったのだった。
「本当に変われた。変われたのね、真霜。私もいる甲斐があるというものね。椥叉も、ありがとう。」
「はぁ、疲れた……。」
「それは私もだよ、真霜……。」
二人はげっそりした様子で並んで歩く。
「真霜も、綾紫野さんも大分げんなりしてるね……。」
椥叉の隣で苦笑いをしながら一緒に歩いていた愛華は言った。
「まさか奏があんなに力があるとは……。」
「真霜も酷いよ……。恥ずかしいよ。」
結局休み時間になる度に互いが互いの口封じのために大騒ぎをしていた為に、帰りのホームルームになる頃には三人とも机に突っ伏していた。
「そういえば、私の事は椥叉でいいよ。雛橋さん。」
「分かった、私の事も愛華って呼んで。」
「大分他の人とも話すようになれたみたいね。」
ナヅハは椥叉と愛華を見て言った。
「そうだね、本当に良かった。あらぬ誤解が定着しなくて。」
真霜も心底ほっとしている。
「そうだ、真霜。昨日の話だけど、今週末行っていいの?」
椥叉は真霜を見て尋ねる。
「うん、大丈夫だよ。」
「何の話?」
愛華が首を傾げて尋ねる。
「あ、えっとね。真霜の家に泊まろうかなって昨日話したんだ。」
椥叉は知らなかった愛華に説明する。
「愛華も来ない?今週末。」
真霜が首をひょいっと出して愛華に言った。
「うーん、行きたいのは山々なんだけどねぇ。」
「何かあるの?」
煮え切らない愛華に対して椥叉が聞いた。
「賢哉との約束が……。」
急に顔を綻ばせて言った。
「けん、や?」
目をぱちぱちさせる椥叉。
「愛華、やっぱりあんた色恋に染まったのね……。友情を切り捨てるなんてあんまりだよ……!」
真霜は無く演技をしてふざける。
「え?いやそういうわけではないんだよでもその先に約束したし彼の事凄い好きだしこの前だって……」
「冗談だよ。今は惚気を聞く気分じゃ無くてね、今度にしようね~。」
タイミングよく愛華が分かれる道に来たので、手をひらひらさせて真霜が言った。
「あ、えっと、なんかごめん……。」
愛華は少しばかり笑いつつも謝る。
「謝る事じゃないって。じゃまたねー。」
愛華と別れてから真霜が、
「あ、椥叉。昨日、肉じゃが作ったんだけど、一人じゃ食べきれないから食べていかない?」
と、冷蔵庫の中のタッパーに入っている肉じゃがを思い出しながら言った。
「いいの?実は私昨日肉じゃが食べたかったんだけど、疲れてて出来なかったんだよね~。」
椥叉は嬉しそうに言い、二人は真霜のアパートに向かったのだった。




