第10話「夕餉の時。」
「誰、ですか?」
椥叉の問いに真霜は妖しい笑みを浮かべる。
「あら、察しがいいのね。初めまして、綾紫野椥叉さん。私がナヅハよ。」
「あなたが、ナヅハ……?」
改めて"ナヅハ"の顔を見る。口調も違えば、話し方のトーンも違う。真霜よりも冷たく、低めの声をしていた。だが何よりも、言葉では言い表すことの出来ない所謂オーラというものがまるで違っていた。思わず声が上ずってしまう様な緊張感を椥叉は覚えた。
「あ!こ、こちらこそ初めまし、て!あ、改めて、椥叉です。」
「ふふ、敬語じゃなくていいのよ。真霜の"友達"でしょう?」
「え、ええ。ですけど、何と言いますか……。漫画でよく見る、友達の家に行った時に出会った怖めのお母さん、みたいな感じでしょうか?」
目線を逸らしながらも椥叉は思ったことを口に出してしまった。
「あらあら。初対面の割には言ってくれるじゃないの?」
一層笑顔を椥叉に向けるナヅハだったが、恐ろしい圧も同時に醸し出していた。
「あ、あー!ごめんなさい!つい……。」
珍しく椥叉はかなり取り乱し、急いで謝る。
「ふふ、冗談よ。気にしてないわ。それより私は一言あなたに言っておきたいのよ。」
「……なんでしょう?」
「真霜と”友達”でいてくれてありがとう、これからもよろしくね。」
そう言って柔らかな笑みを見せた。
「…………。」
椥叉は返事をせずにナヅハの顔を見つめていた。
「椥叉?」
「あ、はい。こちらこそ……。」
ナヅハの表情を見て椥叉は不思議な感情に包まれていた。とても落ち着く、どこか知っているような笑顔。身体、顔も真霜のはずなのにナヅハの表情はまるで違っていた。初めて会話をしたナヅハの事を知るわけがない、たまたま誰かに似ていたのだろうと椥叉は思った。
「あ、もう限界みたいね。またね、椥叉。」
再び笑ってナヅハは胸の前で小さく手を振り、真霜の身体は再び前のめりに倒れた。
「あぅ!」
再び店内に鈍い音が響いた。
「う、ぅ……。いったぁ~い。」
今度は先ほどよりもどこか気の抜けた、椥叉もよく知る声だった。額を押さえて起き上がったのは真霜であった。
「おでこ痛ぃ……。」
涙目になって額をさする真霜。
「だ、大丈夫?」
「あれ、私は一体?」
辺りを見回して真霜は困惑している。
「その、ナヅハと話したよ。」
そう聞いて真霜は額を押さえたまま固まった。
「……え?何?ナヅ……え?」
「ナヅハと、私が、話した。」
椥叉は指を真霜、自分を順番に差した。
「嘘……ナヅハって私の身体を乗っ取れるの?」
「言葉が悪いわ、ちょっぴり借りただけよ。」
真霜の言葉にナヅハが返した。
「そんなこと出来たんだね。初めて知った。」
「そりゃ初めて知ったもの。まぁ挨拶できたし、今日はいいわ。」
そう言ってナヅハは離脱した。
「あ、もう!勝手すぎるよ。ごめんね椥叉。」
真霜は頬を膨らませて不満そうにしつつ謝る。
「あはは、大丈夫だよ、気にしないで。」
椥叉が急展開な状況についていけず笑っていると、料理が二つ運ばれてきた。
「頂きまーす!」
手を合わせて真霜はスプーンでオムライスを口へと運び、
「おいしい!」
目を輝かせてそう言った。
「カレーもおいしいよ、一口食べる?」
「いいの?じゃあ一口だけ、、。椥叉もオムライス食べていいよ~。」
二人はニコニコしながら食事をしていたが、マスターであろう先ほどの女性も、カップを拭きながら二人を見てニコニコしていた。食事を終え、話をしていればもう午後2時を過ぎていた。
「予定より大分のんびりしちゃったね。」
伸びをしながら椥叉は言う。
「ご飯を食べた後のこの時間ってすっごく眠くなるよね。」
とろんとした眼で真霜は言った。
「喫茶店で寝ちゃダメだって。というか真霜コーヒー飲んだんじゃないの?」
「飲んだよ?でろっでろに甘くした奴をね。それに知ってるかい?日本人はカフェイン耐性がとても高い、故にあまりカフェインの効果は期待できないのだよ、、。」
だらりとテーブルに顎をつけて、真霜はふざけた口調で気だるそうに言った。
「そうなんだ。なら尚更ここいいちゃいけないね、とりあえず出よっか。」
そう言うと椥叉は立ち上がってレジへ向かう。真霜も伸びを一つして椥叉に続いたのだった。
「買い物とはいうけど、目的が無い方が楽しかったりしない?」
ショッピングモールの中を歩きながら真霜は言う。
「確かにそうかも。でもその後に"あぁ、無駄にしちゃったなぁ。"って思ったりしない?」
椥叉は真霜の言葉に返す。
「言われてみれば、そういうことは結構あるかも。少し前の話だけどさ、"こんな勉強何の役に立つんだろう?"って思って、じゃあ役に立つ勉強って何だろうって考えてたことがあってね。」
吹き抜けから見える空を見上げながら、真霜は言った。
「役に立つ勉強?」
「でも結局答え出なかったんだよねー。」
空を見上げたままの真霜。
「そもそも役に立つってなんだろうって。それに今勉強してることが必要かどうかを判断できるほど、私は知識もないし、頭良くないからね。」
「それちょっと分かるかも。"あー、これ昔やったなぁ"とか思うことってあるし、そのおかげで簡単に出来たりすることもあるよね。何でもやってみて損は無いのかも?」
椥叉は真霜の言葉に強く頷いて言った。
「役に立つって確かに何だろうね?お金を稼げる……とかかな?」
「大抵はそういう意味じゃない?生産的じゃない趣味とかに否定的な親が多いのもそこがあるんじゃない?自分たちの事は棚にあげちゃってさー。」
ムスッとした顔で言った真霜を見て椥叉は思わず笑った。
「あれ、私変なこと言ったかな?」
「ううん。なんか私たち、まさに大人に反抗する子供みたいだなぁって。」
しみじみとした様子で彼女は言った。
「そっかなぁ……?」
やがて二人はショッピングモールの一角にある小さな店の前で立ち止まった。
「動物アイテムコレクション。なんかざっくりとした看板だね……。」
椥叉は苦笑いをして看板をいていたが、店内に客は大勢いた。
「ちょっと見てみようよ、椥叉。いい髪飾りが……。」
と言いながら、真霜は椥叉を待たずに店の扉を開けた。
「あ、待ってよ!」
慌てて椥叉も店へと入った。
外から見るとこじんまりとしている様に見えたのだが、中は予想より広く、天井も高い。動物アイテムコレクションと名を冠しているだけあって、一面動物グッズで埋め尽くされ、圧迫感を少しありつつも、明るい雰囲気であった。キーホルダーやぬいぐるみなどでカテゴリー分けされて配置されており、普通の店では見ないような珍しい動物をモチーフにしたものも多い。
「アリクイのぬいぐるみ可愛い……。」
真霜は、自分がいつも使っている枕より遥かに大きいぬいぐるみを見てそう言った。
「ハリネズミの足つぼマッサージ用具って。なんか罪悪感が……。」
椥叉は手に取りながら苦笑いをする。やいのやいのと店の品で盛り上がるうちに、二人は互いへのプレゼントとして小さなものを探すことになった。選ぶところを見られても面白くないので二人は別れた。
「うーん、椥叉にはどんな動物が似合うかなぁ?」
小さな犬のストラップを見つめながら真霜は唸る。
「あんまりメジャーなところじゃつまんないし、かといって狙い過ぎなのもサムいよねぇ。ねぇ、ナヅハ?」
真霜は声を出さぬようにナヅハに話しかけた。
「なに?私にも考えてほしいの?」
「さっすが~。話が早くて助かるよ、何の動物が似合うかな?」
「あの子はおっとりとしてるし、小さくて可愛らしいグッズとか動物がいいんじゃないかしら?」
「ふむふむ、なら。あ、これどうかな?動物的には小さくないけど。」
真霜が手に取ったのは、白アザラシの金の箔が押してあるプレートがついたヘアゴムだった。
「あら、いいんじゃないかしら?可愛いわ。」
ナヅハも真霜のチョイスにニッコリとした。
「真霜ー?どー?」
少し遠くから椥叉が声を掛けてきた。
「オッケー、椥叉は?」
「うん、私もいいよ。」
彼女たちは互いに向き合い、同時に見せあった。
「おぉ~。」
真霜は椥叉の手にあるストラップを見て感嘆の声を上げた。
「白くて、お餅みたい。これって鳥?」
「うん、シマエナガって鳥。北海道に住んでるんだって。真霜って白っぽくて冬っぽい名前だし。」
椥叉は、はにかんでストラップを真霜に渡した。
「すっごい可愛い!ありがとう!」
もふもふとした毛皮を再現してあるストラップをムニムニと触っているとストラップから鳴き声が鳴った。
「こやつ、鳴きおる……!更に可愛いね。」
そして真霜も椥叉にヘアゴムを見せる。
「わ、綺麗!これって、アザラシ……?」
椥叉はヘアゴムを見て喜んでから驚いた表情を見せる。
「そうだけど、どうかしたの……?」
「昔ね、お母さんが買ってくれたマフラーがアザラシのデザインでね、それすっごく気に入ってるんだ。」
真霜から受け取ったヘアゴムを、目を細めて見つめる椥叉。
「え!じゃあ被っちゃうよね?今からでも選びなおして……」
「ううん、これでいい、これがいい。ありがとう、真霜。」
真霜の言葉をさえぎって椥叉は言い、その表情を見て真霜も納得した。ショッピングモールから出ると、既に辺りは夕焼けのオレンジに染まり始めていた。
「わ、もう五時だ。時間経つの早いなぁ。」
シマエナガのストラップを付けたスマホの時計を見て真霜は言った。
「そろそろ帰ろっか。」
彼女たちは駅への道を歩き始めた。一日中話しつづけたせいか、二人は静かに並んで歩いていた。とある住宅街に通りかかった時、ふんわりといい匂いがしてきた。
「何の匂いかな?肉じゃが……?」
「そろそろ夕ご飯の準備始まる時間だもんね。」
その時、真霜達は前から買いもの帰りの母親と娘が歩いてくるのに気が付いた。。
「ねぇねぇ、お母さん。今日のご飯なぁに?」
「さて、なんでしょうか?」
「うーん、ハンバーグ!」
ツインテールを揺らしながら答える娘。
「ふふ、それは凛ちゃんの食べたいものでしょ?」
穏やかなやり取りに真霜の頬が緩む。挨拶をすれば、母親は勿論娘の方も元気に挨拶をしてきた。
「こんにちは!お姉ちゃんたち!」
満面に浮かべる笑みを見て真霜と椥叉は見合って微笑む。
「可愛いよね、なんかこう純真というか……。」
「そうだね、私もあんな風な時あったのかなぁ?」
椥叉は歩きながらそう言う。
「そりゃあったでしょ。あんな風に手を引かれて……。」
真霜は振り返って、二人で歩く親子の姿を見る。
「あれ……?」
真霜には何故か、その二人が挨拶した親子とは違う姿のように見えた。背が少し高くて、髪が長く、ゆったりとした服を着ている母親。髪は短く、元気な足取りのスモックを着た少女。
『私は~どこにいる?♪私は~何をする~?♪』
優しい声が歌っている。その歌と、並んで歩くその二人が何故かとても懐かしく、とても悲しくて。
「当たり前の~事ばかり~♪尋ねてって真霜?どうしたのー?」
立ち止まって振り返っていた真霜より先に歩いていた椥叉が、少し大きな声を掛ける。
「あ、え?どう、して?」
真霜は自分の頬が濡れている事にその時気が付いた。
「だいじょーぶー?」
「う、うぅん!なんでもない!」
ぐしぐしと涙と拭って、椥叉のいる方へ歩き出す。もう一度振り返った時、先ほどの二人は挨拶をした親子以外の何物でもなかった。
「私、どうしちゃったんだろ。変なの。」
「どうしたのさ?真霜?」
「平気、平気何でもない、なんか懐かしい気がして、、。」
真霜は椥叉にそう言ったが、自分でも不思議な感情だった。全く関係のない親子に懐かしさを思い出すことなど、初めてだった。しかし、さっきすれ違った女の子の年齢になる頃には、真霜は母親を亡くしている。曖昧で靄のかかったような記憶を探るが、何も思い出せない。電車に乗り込むまでずっとそのことを考えていたのだが、人の少ない電車の中での揺れは真霜を微睡へ引き込むには十分な心地よさがあった。椥叉が東樽見河で下りる時に真霜を起こし、そこで別れた。
「夕飯、何にしよう?」
先ほど匂った、肉じゃがを思い出す。
真霜はその後もなんだかぼんやりとした気分で家へと帰ったのだった。




