08.スカウト
「ユリウス様……」
アリアナはうっとりとした顔で、ユリウス様を見上げた。
レオン様という婚約者がいながら、アリアナってば……もしかして面食いなのかな。まぁ、気持ちはわからなくもないけれど。
「私はアリアナですわ。アリアナ・ブロックス」
「それで、君は?」
不意に、ユリウス様が私を振り返った。
学校ではアリアナの側を離れてはいけないという無意識の刷り込みのせいで付いて来てしまったけれど、私はいない方が良かったのでは……? ほら、アリアナがめちゃくちゃ怖い顔で睨んでる。
一刻も早く、ここを離れたい。喉もカラカラだし、早く水を飲みに行きたい。
「……リタ、です。あの、私は先に教室に――」
「アリアナとリタですね。二人は同じクラス? 何年生?」
「えっと……」
立て続けに質問されて、その場を離れるタイミングを完全に逃してしまった。
「私とリタは、同じ高等部の二年生ですわ」
「それでは、レオンをご存知でしょうか。レオン・カーマイン」
アリアナと私は、同時に目を瞬く。
「はい……えっと、騎士様がレオン様にどのような――」
言いながら、途中でアリアナは察したようだった。恐らく私と同じことを思ったのだろう。
「もしや、騎士団へのお誘いですか!?」
ユリウス様は否定も肯定もせず、ただニッコリと微笑んだ。とんでもなく優しく綺麗な笑顔を浮かべる人だ。物腰も柔らかく、団服を着ていなければ騎士とはとても結びつかない。
「レオン様の剣技は本当にお見事なんですのよ。先日も、先生と互角に渡り合っておられましたわ」
「ええ、そのようですね。幼少の頃より、筆よりも木剣を握っていたような男ですから」
その口ぶりは、昔からレオン様を知っているらしいことを窺わせた。お二人はどんな関係なのだろうかと思った時、私たちの後ろからレオン様が走ってやって来た。
「騎士団の馬車があるから、まさかとは思ったが……やっぱりてめぇだったか、ユリウス!」
「噂をすればなんとやら、ですね」
怒っているような剣幕のレオン様に対して、ユリウス様は相変わらずニコニコと笑顔を浮かべている。
「念のために訊くが、てめぇの用件はなんだ?」
「え? 君のスカウトだけど?」
「だーかーらー! 俺は騎士団には入らねぇって、散々断ったよなぁ!?」
「うん。だから、外堀から固めようと思って」
「帰れ! 今すぐに!」
「今来たところなんだから、校長先生に挨拶くらいはさせてよ」
「校長に挨拶したら、そういう話になるだろうがよ!」
「あっはっはっはっ」
こ、これは……状況はよくわからないけれど、完全にレオン様はユリウス様に弄ばれている。
「あの、レオン様……?」
「ん? あ、ああ……アリアナか。それにリタも」
私たちが見えていなかったのか、アリアナの声でレオン様はようやく少しだけ我に返った。
「こいつに、何か変なことされなかったか?」
「人を変態扱いしないで欲しいなぁ」
「レオン様、騎士団から入団のお声が掛かっているんですの?」
二人のやり取りに圧倒されながらも、アリアナが尋ねた。レオン様は大きな息を吐きながら、人差し指を唇の前に立てる。
「……少し前にな。騒がれると面倒だから、誰にも言わないでほしいんだ」
「何故ですの? とても栄誉あることではありませんか! もちろん、入団されるのですよね?」
「しない。断ったんだ、十回以上。なのにこの変態野郎は、全然諦めてくれねぇんだよ……!」
「騎士団の誘いを断る方が変態だと、僕は思うけれどね。ちなみに僕とレオンは、幼い頃同じ先生に剣技を習っていた兄弟弟子なんですよ」
「ほとんど顔を合わせたことは無かったけどな。そんなことより、俺なんかに時間を割いてないで、とっととラパンでも捕まえに行けよ!」
ラパン。その名前に、ユリウス様の眉が僅かに動いた。
「……僕が当直していれば、捕まえてみせるよ」
「はいはい。あんたが非番の時にばっかり、ラパンは出没するんだよな?」
ユリウス様は明らかにむっとした表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻すと私の背中をそっと押した。
「それでは、リタ。引き続き、職員室への案内をお願いします」
「え? あ、わ、私?」
私はユリウス様にグイグイと押されていく。アリアナは慌ててこちらへ駆け寄ろうとしたが、その手をレオン様が掴んで引き留めた。
「もういい、放っておけ。俺たちは教室に行こう」
「あ……はい……!」
アリアナは嬉しそうに頷くと、レオン様と一緒に行ってしまった。
学校内でアリアナと離れるとホッとすると同時に、気づかないうちに彼女の地雷を踏んでしまうのではないかと、少し不安にもなる。
しかし、そんな安堵も不安も、今の私にはどうでも良かった。
もう限界だ。
「あの、ユリウス様」
「なんですか?」
「み……水を飲んでもよろしいでしょうか……?」
喉の奥が張り付いて痛いくらい、限界だったのだ。
「水……ですか? 良ければ珈琲か紅茶でもご馳走しますが」
「いいえ、水がいいんです! 少々失礼いたします!」
ぺこりと頭を下げて、手近に見えた水道に駆け寄り、蛇口を捻る。キラキラと輝く冷たい水が流れ出すと、そのまま口を寄せて直接喉に流し込んだ。
ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク……ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク。
「……あーっ、生き返ったー!」
お行儀悪いけれど、自分のハンカチは持っていないので、制服の袖で濡れた口元を拭う。
「だ……大丈夫、ですか……?」
「お見苦しいところをお見せして、申し訳ございませんでした。あ、職員室はそこを真っ直ぐに行ったところです。私、先に行って校長先生に伝えてきますね!」
「あ、はい……どうも……」
こんな綺麗な騎士様にみっともないところを見られて、さすがにちょっと恥ずかしい。ユリウス様も、とんだ貴族令嬢だと呆れているに違いない。居ても立っても居られなくなって、私は小走りに職員室へ向かった。




