07.騎士団の馬車
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翌朝。目を覚まして顔を洗った時、桶に張った水を飲んでおいて正解だった。朝食時、私の席に予想通り水は無かったからだ。深夜に物音で起こされ、未だ立腹しているアリアナの指示である。
空腹よりも、喉の渇きを我慢する方が辛かった。けれど、昨夜のラパンとの対峙の興奮が朝になっても冷めやらず、私は高揚した気分を持て余していた。
あの怪盗ラパンを、私の魔法で捕まえた。会話もした。それだけでなく、ママのブローチを盗み出してくれると、約束までしてくれた!
ほくほくとした充実感は、しかし次の瞬間には大きな後悔へと姿を変える。
本当に逃してしまって良かったのだろうか。あんな取り引き、あの場を逃れるための嘘に決まっているのに。それだけならまだしも、捕まえようとしたことを逆恨みして報復に来たらどうしよう……
「さっきから、何を一人で百面相みたいなことしてるのよ……気持ち悪いわね」
学校へ向かう馬車の中、手鏡を見ながらリップを塗り直すアリアナが言い捨てた。
「ご……ごめんなさい」
奥歯を噛み締めて、表情が動かないように気をつける。目線も膝の上の両手に固定した。
手……
ラパンの去り際のキスを思い出して、頬が熱くなる。
いやいやいや、あれはただの挨拶だし! ……でも――
皮が捲れてガサガサの手を、そっと擦り合わせた。
最後にこの手に触れてくれたのは、一体誰だっただろう。良い子を演じている時のアリアナだって、この手は汚いからと触れようとしないのに。
親指の赤切れを撫でているうちに、馬車は学校へ到着した。いつものように先に降りて、アリアナをエスコートする。
「あら? あの馬車は……?」
馬車を降りたアリアナが、先に停車していた馬車を見て首を傾げた。真っ白な車体に、金で縁取った紋章を掲げている。
「おはようございます、アリアナ様」
「おはよう、ルフィナ。騎士団の馬車が停まっているけれど、何かあったのかしら?」
後からやってきたルフィナ様も、白い馬車を見て同じ様に首を傾げる。
「さあ……? 昨夜ラパンが出没したらしいので、その事と何か関係があるのかもしれませんわね」
ラパンの名前に、私の心臓が大きく跳ねた。
「やはり、予告状通りにミハエル・テレーヌのお屋敷に?」
「恐らく。ラパンを追う騎士団の声を聞いたという寮の生徒がおりましたの」
いつも思うのだけれど、ルフィナ様の情報網は一体どうなっているのだろう。真偽は定かでないが、いつも情報が早い。
並んで教室へ歩き出した二人に少し遅れて、私も足を踏み出す。騎士団の白い馬車の横を通り過ぎる寸前、そのドアが私の目の前でぱっと開いた。
「わっ!?」
「……っ! すみません!」
馬車の中からドアを開けた人物が、慌てて降りて来る。
「考え事をしていて、少しぼーっとしていました……お怪我は?」
騎士団の白い団服に身を包んだ、二十歳そこそこの銀髪の男の人だった。心底申し訳なさそうに、私の顔を覗き込んでくる。
うわ……綺麗な顔……
「あ、だ、大丈――」
「リタ、大丈夫? 怪我はない? ああ……良かったわ」
アリアナが戻って来て、私と銀髪の騎士様の間に入り込んだ。
「こちらこそ、ぼんやりとしていて申し訳ございませんでした。騎士様は、この学校にどのようなご用件でしょうか? よろしければ私がご案内いたしますわ」
「あ、ああ……」
騎士様は少し面食らったような顔をして、アリアナと私を見比べた。それからふっと小さく笑う。
「それでは、職員室へ案内していただけますか?」
「かしこまりました。こちらですわ」
ほんのり頬をピンクに染めながら、アリアナは騎士様の隣を歩き出す。
「僕は騎士団のユリウス・ドラクレール。校長先生に、そう取り次いでください」




