06.取り引き
ラパンは大きく息を吐き、屋根裏部屋に視線を這わせる。
「失礼……まさかレディは、この屋根裏部屋で寝起きを?」
「え? うん、そうよ」
「私の記憶違いでなければ、ここはブロックス伯爵邸のはずだが」
「間違いないわ」
「レディは、その……伯爵令嬢では……?」
「ラパンはそんなことまで知っているのねぇ」
さすが怪盗。貴族のことは大概調べ上げているのかもしれない。
「……レディの趣味かい?」
「そんなわけないでしょ」
一応ツッコミを入れておく。
「部屋はあるけど、使っちゃダメなの。だってベッドで眠ると、シーツを洗濯しないといけなくなるでしょ? そんな手間を増やしたら下女頭に怒られるし、お義母様やアリアナにも私生児の癖に生意気だって叱られるわ」
「……うん?」
「あ、でも、ここで寝起きしていることはお父様には内緒にしてね? 告げ口したと言って、もっと酷い仕打ちを受けるだけだから」
ラパンは何度も目を瞬かせながら、首を傾げている。
こんな事、ラパンに話したところでどうにもならないのだけれど、だからこそ話してしまえた。彼とアリアナたちには、何の接点もないのだから。
「レディ……」
「あ、ごめんなさい。そんなことよりも、貴方をどうするか考えないとね。私が出て行くとややこしくなるから、自首して欲しいんだけど……ダメ?」
ラパンは小さく微笑んだ。そうだよね、自首するわけないよね。
「そもそも、なんで他人の物を盗んだりするの? お金に困ってる? 本当の目的は被害者の悪事を暴くことじゃないかって言ってる人もいるけど、実際のところはどうなの? って言うか、なんでこのお屋敷に入ってきたの? ここでも何か盗むの?」
「……質問が多いな」
「答えられるところだけでもいいよ」
「追っ手を撒くために、少しの間身を隠そうとここに入らせて貰った。まさか屋根裏部屋に人がいるとは、思わなかったよ。ブロックス邸からは何も盗まないし、すぐに出て行くつもりだ」
「ふぅん。まぁ、ブロックスに予告状が届いたって話は聞かないもんね」
ラパンはじっと私の目を見据えたまま、ゆっくりと口を開いた。
「取り引きをしないかい?」
「しないよ?」
あっさりと断る。しかしラパンは続けた。
「私を逃してくれたら、どんな高価な宝石でも絵画でも、レディの望む物を何でも用意すると誓おう」
「取り引きなんかしないってば。どんな理由があっても、泥棒は犯罪なんだから。それに私、宝石も絵画もいらないわ。そんな物持っていても――」
何の役にも立たない。そう言いかけて、言葉が止まった。
「……私が望む物、何でも用意してくれるって?」
「何でも」
ラパンが頷く。
……ダメダメ。そんなに悪い人には見えないけれど、この人は泥棒だ。ここを出てしまえば、約束なんて簡単に反故にできる。信じてはいけない。
でも実際、どうやってラパンを騎士団に突き出せばいいのか、良い案が浮かばないのも事実だった。
「この屋敷の中から……ブローチを盗んできてほしいんだけど」
「ブローチ? ブロックス邸から?」
「大きな青い石のブローチよ。多分、階段下の鍵の掛かった物置の中にあると思う」
「自分で取りに行けない理由が?」
「……ママの、形見なの。取り戻したいんだけど、お義母様とアリアナが近寄らせてくれない。私が取ったと思われたら、今度こそママの形見が全部捨てられちゃうわ……怪盗ラパンが盗んだことにして、ブローチだけでも私に返して欲しいの」
私がアリアナたちに強く逆らえないのは、酷い目に遭うからというだけでなく、ママの形見を人質に取られているからだ。
この屋敷に引き取られた時、私は最低限のママの遺品も一緒に持ち込んだ。よく着ていたワンピースとか、指輪や耳飾り。それにブローチ。それらは全部義母に取り上げられ、鍵の掛かった場所に押し込められてしまった。
「ブロックス伯爵に訴えても、返してはもらえないのかい?」
「一度お願いしたことがあるけれど、お義母様に言えって、それだけ。以前お義母様を怒らせてしまったことがあって、ママのワンピースをズタズタにされたことがあるの。やったのはお義母様なのに、私がやったとお父様に報告されて……『形見を大切に扱うことも出来ないのか。もう二度と触れることは許さない』って、珍しく激昂されてしまったのよ」
「なるほど……」
ラパンは何かを考えるように、目を閉じた。
「今夜私を見逃す代わりに、レディの母親の形見のブローチを私が盗み出す――いいだろう、取り引きは成立だ」
「本当に?」
「ただし、私が盗んだと知らしめる必要があるから、今夜中には無理だよ」
「予告状を出さないといけないものね」
「準備も含めて、ひと月程度は時間が欲しい。それでも構わないかい?」
「……いいよ」
藁にも縋る思いだった。ラパンが本当に約束を守るとは思えなかったけれど、これ以上拘束していても意味はないと判断し、鎖を解く。
「レディの名前を伺っても?」
「リタよ」
握手のつもりで、右手を差し出す。ラパンはその手にそっと自分の手を添えると、手の甲に軽くキスをした。
「ぅわぉっ!?」
「リタ。三日後にまた、ここへ来るよ」
思わず変な声を出した私に小さく笑ってから、ラパンは踵を返して窓へと向かう。
「へ? ま、また来るの?」
「形見を取り返すのは、私とリタの共同作業だ。作戦を練らないと。もちろんこの事は他言無用だし、騙し討ちをするような真似をすれば、形見は二度とリタの手には戻らない」
さらりと脅し文句を残して、ラパンは窓の外へと躍り出た。
「ちょっと!?」
窓の下には、足場になるようなものは何もない。慌てて窓辺に駆け寄って外を覗くと、白いマントを靡かせたラパンは宙に浮いていた。
「では、良い夢を」
恭しく一礼すると、虚空を蹴って、屋根の上へと跳ねる。更に大きく跳ねて、隣の屋根へと飛び移った。
そうして白い兎は、闇夜の中へと消えていった――




