44.一緒に食事を
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翌日から三日間、私は高熱を出して寝込んだ。おそらく、自分の許容量を超えて一気に魔力を消費したせいだと思う。全身もひどい筋肉痛に襲われ、ベッドから一歩も動くことができなかった。
夢か現か判然としないまま、うわ言のようにラパンはどうなったかと繰り返していたと、後から付きっきりで看病してくれたレーニに教えられた。
カーマイン侯爵家にラパンが現れたという話は、翌日には号外で広がっていたが、ラパンが捕まったという声は聞こえてこない。ひとまず安堵したものの、レオン様は学校に復帰しないまま、事件から十日が過ぎた。
そして今夜――
「体調を崩されていたと聞いていましたが、お元気そうで安心しました」
テーブルの向かいに腰掛けたユリウス様は、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。
約束通り、任務がひと段落ついたので食事に行こうと誘われたのが、今朝の校門の前。ユリウス様に連れられて入ったお店は、これまで私が敷居を跨いだこともないような高級レストランだった。何故かレーニが張り切って私を飾り立ててくれたのだが、今はそれにほっとしている。
「えっと……ちょっと、風邪をひいてしまいまして」
「風邪、ですか」
ユリウス様はにこりと笑って、意味深に言葉を繰り返した。
「季節の変わり目は風邪をひきやすいですからね。特に、夜風に長く当たることのないようお気をつけください」
「は……はい……」
やっぱり、これ……あの時の囮が私だったって、バレてるよね……?
私だってそこまで馬鹿ではない。これがただの食事の誘いではないことくらいは、分かっている。このまま騎士団に連行されるかもしれないと、覚悟を決めて来ているのだ。
「どうしました? 表情が固いですが、緊張されていますか?」
「いえ……あの……」
「あ。もしかして、デートは初めてですか?」
「デ、デートって……」
「初めての相手が僕だったとしたら、光栄なのですが」
読めない。ユリウス様が何を考えているのか、全く読めない!
そこからはコース料理が運ばれてきて、他愛のない話をしながら時間は過ぎていった。本当なら、レオン様が今どういう状況になっているのか尋ねたい。しかしとてもじゃないが、私から話を切り出せる空気ではなかった。
食後のデザートと紅茶が運ばれてきた。イチゴとブルーベリーで飾られたバニラのムースを口に運ぶと、口の中いっぱいに程よい甘味と酸味が広がって、思わず頬が緩む。
ティーカップを傾けながら、ユリウス様が微笑した。
「本当にリタは、幸せそうに食べますね」
「卑しいと思われるかもしれませんが、食べることは大好きです!」
「そこはリタの長所だと思いますよ。美味しい店を他にも知っているので、出来ることなら連れて行って差し上げたかったのですが……残念ながら、来月から中央に異動することになりました」
「異動……?」
ユリウス様は笑みを崩すことなく、続ける。
「とある重要な案件を任されまして。僕一人では処理しきれない規模ですので、中央にいる信頼できる上官に助力を願うつもりです」
「それは……」
カーマイン侯爵家のことだろうか。喉まで出かかった言葉を、なんとか飲み下す。
「その案件が片付けば……騎士を辞めようかと考えています」
「はぁ!?」
思わず大きな声を上げてしまい、慌てて口を手で塞いだ。
「え……騎士を、辞める? 何故ですか?」
「ここだけの話ですが、実は僕――世間を騒がせているある悪党の正体に、気付きかけているんです」
「それって、ラパ――」
ユリウス様はそっと自分の唇に人差し指を当て、私の言葉を遮った。
「でも、証拠は何一つありません。あるとすれば、僕の勘です。あるパーティーで、彼は婚約破棄を言い渡しました。その時、一度彼女に贈ったプレゼントを、彼はわざわざ自分の手で外した。その些細な違和感が、ずっと引っかかっていたんです」
アリアナのネックレスのことだ。
「その違和感を辿ると、辻褄が合ってしまったんですよ。どうしてあの悪党は、僕を避けるのか。どうやって僕の不在を知るのか。一連の事件の手口も、想像がつきました。それでカマをかけてみたら、あっさり尻尾を出したわけですが……その尻尾を掴み損ねました」
「あの、ユリウス様……」
「動機は何であれ、犯罪は犯罪です。犯人に目星がついている以上、僕は騎士として証拠を探し出して彼を捕まえなければなりません。彼も――そして、共犯者も」
ユリウス様の目が、私を射抜いている。しかし私は顔を上げることができず、じっとりと汗ばんだ自分の手に目線を落とした。たった数秒のはずが、やけに長く感じる。
やがてユリウス様は、小さく息を吐いて紅茶を啜った。
「でも、証拠を探す気が起きないんですよね。証拠がなければ捕まえられませんし、他の騎士に訴えることもできません」
「な、何故……探さないんですか?」
「僕は今でも、彼のやり方は間違っていると思っています。けれど……その間違った方法でも、確かに救われた人がいる。騎士としてではなく、一人の人間としての僕が、彼を捕まえるべきではないと言っているんです」
そっと顔を上げると、ユリウス様は泣きそうなくらい優しい目で私を見ていた。
「騎士としては失格です。ですから、辞職を願い出るつもりです」
「……それは――」
私は膝の上で、両手を握りしめる。
「それは、非常に勿体無いと思います」
「勿体無い?」
「ユリウス様は、この上なく騎士に向いている方だと思います。実力も志も、共に高く在られる方だと」
「しかし僕は……」
「騎士様の中にも、不正な圧力に屈してしまう方がいる……のではないでしょうか」
騎士団は、エドワードが送りつけた建設会社の証拠があっても動かなかった。そもそも、そこで騎士団が正しく機能していれば、ラパンはこの世に現れなかったかもしれない。
「彼がユリウス様に託したのは、今回の件に関することだけではないと思います。ユリウス様なら高みに立ち、どんな不正にも染まらない、在るべき姿の騎士団に導いてくれる。彼は、そう信じたのではないでしょうか」
「リタ……」
「もう二度と、兎が出てくる必要のない世の中にしていただけませんか?」
ユリウス様は、虚を突かれたような顔で瞬きを繰り返す。それから、肩を震わせて笑い出した。
「ふ……っ。まさか、自分の言葉が返ってくるとは思いませんでした」
「あの時、ユリウス様にそう言っていただけたから、今の私があるんですよ」
「在るべき姿の騎士団に導く……随分と荷が重いですね」
ユリウス様は私の目を見つめたまま、にっこりと笑う。
「荷物を一緒に持ってくれる人が、必要だとは思いませんか?」




