43.負けず嫌い
辿り着いたのは、街外れの運河沿い。月明かり以外に明かりのない、人気のない倉庫街だった。その中ほどで、対峙するラパンとユリウス様を見つけた。
倉庫の陰に身を隠し、息を殺して成り行きを見守る。自分の鼓動の音が、やけに大きく聞こえた。
ユリウス様の顔には、いつもの穏やかさは微塵もない。冷たい目でラパンを見据えながら、腰の剣を鞘から抜いた。
一呼吸置く間もなく、一閃。何が起きたのか、速すぎて私の目では追えなかった。ただ、ユリウス様が薙いだ一振りは、ラパンの青白く光る魔法剣に受け止められていた。
剣を重ねたまま睨み合う二人。大きくラパンが後ろに飛び退くと、すかさずユリウス様が石畳を蹴って間合いを詰める。恐ろしく速い一撃だが、ラパンはそれを正確に受け流した。
思わず目を覆いたくなるような斬撃の応酬が続く。肌がひりつくほどの殺気と緊張で、上手く呼吸ができない。
「どうしました? 防戦ばかりで、この僕から逃げられるとでも?」
剣を弾いたと同時に、ユリウス様の手元から炎の矢が連続で放たれる。ラパンは身を捻りながら、魔法の盾でそれらを防いだ。
どうしよう……! ここから私が、ユリウス様の動きを封じる? 少しでも足止めできれば、ラパンなら逃げおおせられるはず。その代わり、私がユリウス様に捕まるかもしれない。でも、ラパンが捕まるくらいなら、私が捕まった方が失うものは少ないはず――
迷いながらも意を決し、物陰から足を一歩踏み出した時、ラパンと目が合った。彼はユリウス様の攻撃を捌きながら、私に向かって制止するように手を挙げる。出しかけた足を引いて陰に戻ると、ラパンはユリウス様の注意を自分へ引きつけるように口を開いた。
「さすがは、実力者と名高いユリウス・ドラクレール卿。一筋縄ではいかないね」
「散々コケにしてくれた分、容赦するつもりはありません」
「コケにした覚えはないけれどね」
「……もっと、違う方法があったでしょう」
言葉を紡ぎながら、ユリウス様は剣を振りかざす。その声音には、強い怒りが滲んでいた。
「たとえ世論がお前の味方につこうとも、他者の領域に無断で踏み込み財産を奪えば、それはただの犯罪者! 断じて許されるべきではない!」
ユリウス様の剣の先から、空気を揺らして白い蛇のような稲妻が走る。その舌先が、体を反らしたラパンの仮面を掠め、表面に亀裂が入った。
「だったら……どうすれば良かった? 小さな声を上げ続けていても、奴らは気にも留めない。耳障りになれば、潰しにかかるような連中だ。親を亡くして泣いている子供たちの、居場所まで奪われるのを黙って見ていれば良かったのか?」
言い終えるより早く、ラパンが風の刃を放つ。ユリウス様も同じ風の刃で迎え撃ち、相殺させた。
「正しいやり方で立ち向かえば――!」
「正しいやり方って何だよ!? だったらあんたは、騎士団に送りつけられた不正の証拠が揉み消された時、何をやってたんだよ!?」
「っ!」
ユリウス様の動きが鈍った。その一瞬を、ラパンは見逃さない。
「【光縄の捕縛】!」
光の縄が剣を握る右手に絡みつき、ユリウス様は堪らず剣を取り落とした。
「誰が揉み消したのかは……わからない。王に仕えるはずの騎士団にも、腐った人間がいるのは確かです」
「自分は違うとでも?」
「……どうでしょう。少なくとも僕は、国や民の安寧を願って騎士になりたいと言った、どこかの侯爵家の嫡男とは違って、ただの負けず嫌いですからね」
右腕の自由を奪われたまま、ユリウス様はラパンを睨む。やはりユリウス様は、ラパンの正体に気づいているのだ。
ラパンは懐から取り出した紙の束を、ユリウス様の足元へ投げた。
「ほら、カーマイン侯爵家から盗んできた不正の証拠だ。裏帳簿に密約書、レスター伯爵やカールズ子爵との会談の記録もある。見せてみろよ、正しいやり方ってやつを」
「……」
ユリウス様はそれらに視線を落とした後、ゆっくりと顔を上げた。
「ひとまずこれらは預かります。けれど――このまま逃しはしない」
言うや否や、ユリウス様は左手を前に突き出し、魔法式を唱えた。
この魔法式は――
「【白鎖の封縛】」
「っ!?」
白く輝く鎖が現れ、ラパンの四肢に絡みつく。
ユリウス様はラパンを捕らえた鎖をしっかり握ると、右腕に巻きついていた光の縄を、解呪の魔法で打ち消した。
「く……っ!」
「最近、騎士団が買い取った新しい魔法です」
最悪だ……私の魔法が、ラパンを捕らえている。
私はマントと仮面をつけると、再び真っ白に染めた。いざ走り出そうとした時、運河にかかる橋の方から他の騎士たちがやって来るのが見えた。
ラパンを助けに行くべきか、彼らを遠ざけるのを優先させるべきか――悩んだその時、ラパンが声を上げて笑い出した。
「はは……っ! あははは! あー、腹痛ぇ」
「もう逃げられないと悟って、気が触れましたか?」
「いや、なんかすげぇ巡り合わせだなって思ってな。負けず嫌いはお互い様だ。あの夜以来、これだけは何度も試してきたんだ」
あの夜――私がラパンを捕らえた夜のことだろうか。
「何を言っているのか、理解ができませんが……」
「ユリウス。あんただけは、正しいやり方で正しいことをやってくれるって、信じてるからな」
「ラパン――」
ラパンは口元に笑みを浮かべたまま、魔法式を唱え始めた。そして静かに、魔法の名を告げる。
「【断鎖】」
ガラスが割れるような耳障りな高音と共に、ラパンを繋いでいた白い鎖が砕け散った。
「な……」
呆然と目を見開くユリウス様。その脇を抜け、ラパンは石畳を駆けて私の方へやって来た。
「このまま橋の上の奴らを誘導して、街を抜けられるか?」
私が頷くと、ラパンはすぐに全身を黒に変じた。入れ替わるように、私は倉庫の屋根の上に跳ぶ。
「ユリウス! ラパンがそこの屋根の上に!」
ディアナ様の声だ。
ユリウス様は私を横目で見ただけで、足元の証拠の束をゆっくりと拾い上げる。
「追ってください。僕はラパンから取り返したものを、本部に届けに戻ります」
その声を後ろに聞きながら、私はカーマイン本邸とは反対の方向へと跳んだ。




