45.日の当たる場所で
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季節は巡り、短く切り揃えていた私の髪は、肩を越えた。
レオン様不在のまま迎えた貴族学校最後の一年間、世の中は目まぐるしく動いていた。
コーエン林業とテレーヌ商会、そして例の建設会社には、大々的に立ち入り調査が入った。施工不良、架空取引、不正請求、品質の偽造、記録の改竄……あらゆる罪が白日の下に晒され、社長たちは軒並み逮捕。彼らと共謀して不正と隠蔽に手を染めたカールズ子爵とレスター伯爵は、爵位を剥奪されたうえ、懲役刑を言い渡された。
そして、政治的な見返りと引き換えに各所に圧力をかけ、事件をもみ消そうとしたカーマイン侯爵も、爵位を剥奪された。ただし、侯爵は事件そのものを主導したわけではなく、嫡男のレオン様も学生の身で一連の事件とは無関係だった。そうした事情から、私財の一部は没収されたものの、爵位の継承権までは奪われることはなかった。
レオン・カーマインは、正式に侯爵家の爵位を継承した時点で、卒業を待たずに学校を退学した。
「――それじゃあ、来週から孤児院の修繕工事が始まるのね」
ブロックス家の中庭。そこで私は、金継ぎされたミヒャエル・ガロのティーカップでお茶を飲んでいた。
目の前に立つエドワードが、大きく頷く。彼の手には、私が注文したお菓子の入った紙袋が握られている。
「あちこちガタがきてたし、雨漏りもひどかったからな。俺を孤児院の経営側に配置してくれた時もそうだけど、新しい侯爵様は仕事が早くて助かるよ」
「仕事が早いのは結構だけれど、ちゃんと寝ているのかしら……」
「先月お会いした時には、目の下に大きなクマができてたな」
その姿が容易に想像できてしまって、私は軽く額を押さえた。
慣れない公務で忙しいであろうことは百も承知だが、体を壊しては元も子もない。
「これじゃあ、安心して出発なんかできないじゃない……」
「リタの出発は来週だっけ?」
「うん。本来なら卒業してすぐにっていう話だったんだけど、お父様との時間を一度ゆっくりと取りたくて、待ってもらったの」
貴族学校を卒業と同時に、私は寮から引き上げてブロックス家に帰ってきた。
父は相変わらず仕事ばかりをしていたけれど、朝食の席で書類を見ることはなくなり、夜も必ず帰宅して一緒に食事をした。会話らしい会話は、ほとんどない。父のことはまだ許せていないし、この先、親子らしい関係になれるかどうかもわからない。しかし――
「それにしても……前に一度この屋敷を覗いた時と、随分と景色が変わったな」
エドワードは、色とりどりの花が咲き誇る庭を見渡した。
ママへの贖罪なのか、私への気遣いなのかは知らないが、父は屋敷を花で満たすようになった。これまで屋敷に居る時は執務室から出てこなかった父が、時々ここに座ってぼんやりと花を眺めるようになったそうだ。
「お父様は、変わろうとしてる。だから私も、少しずつお父様と向き合っていこうと思うの」
どれだけの時間が掛かるかは、わからないけれど。
その時、レーニが屋敷の中からやって来た。私に耳打ちして来客を告げると、エドワードは何かを察したように、慌てて紙袋をテーブルに置いて頭を下げた。
「それでは、リタ様。たくさんのお菓子をご用意してお待ちしておりますので、こちらに戻られた際はぜひ孤児院にもお顔をお見せください」
「ありがとう。みんなにも、よろしく伝えてね」
エドワードは笑って手を振ると、急ぎ足で庭を後にした。
入れ替わるように現れたのは、レオン様だった。
「リタ。久しぶり」
「レオン様……」
前に見かけた時よりも更に痩せた頬で明るく笑うレオン様に、私は呆れてしまった。
「こんな所に来る時間があるなら、ご自宅でお休みになった方が……」
「ここに来るために、急いで仕事を終わらせたんだ。リタまでうちの連中みたいなことを言わないでくれよ。あ、これ食っていい?」
レオン様は私の隣へ椅子を引き寄せて腰掛け、エドワードが置いていった紙袋からクッキーを取り出して、口に放り込んだ。
「ようやく、日の当たる明るい場所でお茶が飲めるな」
「長かったですね」
「俺にとっちゃ、あっという間だったけどな」
使用人がやって来て、レオン様にお茶を出す。エドワードの持ってきたお菓子も、お皿に出して並べてくれた。
「来週のリタの出発の日、外せない会議があって見送りに行けそうにねぇんだ」
「お仕事の方が大切です。特に今は大事な時期ですから、私なんかに時間を割かないでください」
レオン様は口角を下げ、子供みたいに頬を膨らませて私を睨む。
「お前はほんっっっとに、人の気持ちに鈍感だな」
「は……はい? なんですか、藪から棒に……」
「俺がなんでここに来たかとか、全然わかってねぇんだろ」
「息抜きですよね? あ、お仕事でしたか? お父様でしたら、今日は夕方に戻られますが……」
レオン様は、地面にめり込んでいくんじゃないかと思うほど深いため息を吐いた。
「レオン様……?」
「……最終確認なんだけど、本当に行くんだよな?」
「来週の話ですか? はい、行きます」
私は来週、騎士団に入団する。ただしユリウス様やディアナ様みたいに前線に立つ役割ではなく、魔法部という魔法に特化した部署への配属で、騎士とは言っても末端だ。魔法部は中央本部に拠点があるため、私はこの家を出て王都へと居を移すことになる。
「花屋になりたかったんじゃねぇのかよ」
「お花屋さんにもなりたいです。でも、ブロックス家がお花屋さんみたいなものですし、そっちはいつでもなろうと思えばなれそうなので」
「あっそ……」
以前、コラン先生からの推薦が出て騎士団に入れそうだという話をした時も、レオン様は浮かない顔だった。理由は、なんとなく察しがつく。
「あの……レオン様が幼い頃から騎士団への強い憧れを持っていたことは、ユリウス様から聞きました。だから、その……私なんかが騎士になるのは気に食わないのかもしれませんが……」
「違う。違う違う! だからお前は、鈍感だって言ってるんだよ!」
「では、どうして……?」
レオン様は乱暴に髪を掻きむしりながら、頭の中で言葉を選んでいるようだった。
「だから……っ! ユリウスが全部悪いんだよ! あの野郎、わざわざ俺に喧嘩売るようなことを……!」
「はあ……?」
はっきりとしない様子で、口の中で何やらもごもごと言うレオン様に、私は首を傾げる。
「中央に行ったら、ユリウスがいるってことわかってんのか?」
「はい。頼れる知り合いがいて、心強いです」
「……あいつに『一緒に荷物を持って欲しい』って言われたんだよな?」
「一緒に荷物を持つ相手が必要だとはおっしゃっていましたが……?」
レオン様が何を言いたいのか、よくわからない。ユリウス様と肩を並べることができなくて、悔しいということではないのだろうか?
レオン様は半眼で、私が手にしたガロのティーカップを睨みつける。
「……お前が好きな男は、ラパンなんじゃなかったのかよ」
「っっ!? な……っ、なんなんですか!? なんで、急にそんな話になるんですか!?」
一気に顔が熱くなり、ティーカップを隠すように両手で包み込む。
「そ、そもそも、なんでそれをご存じなんですか!?」
「エドから聞いた」
あぁぁ……た、確かに言ったかもしれない……!
「好きな男を置いて、あんなスケコマシ野郎のところへ行くんだな」
「ユリウス様は、そんな方ではありませんよ! それに私は、ユリウス様のところへ行くのではなく、騎士になりたくて行くんです」
「へー。ふーん。あっそう」
何なんだろう、この感じ。疲れていて機嫌が悪いのだろうか。それとも……?
「や……ヤキモチ……ですか?」
以前エドワードが、レオン様は私が好きだとか言ってたから……いや、でも、やっぱり今のなし! 調子に乗りすぎた!
「あはは……な、なんちゃって――」
「……だよ……」
「え?」
「そうだよ! ヤキモチ妬いてんだよ! 本当は、ユリウスの居る遠く離れた王都なんかに行ってほしくねぇの!」
顔を明後日の方向へ背けてしまったので、レオン様がどんな顔をしているのかはわからない。けれど、真っ赤な耳だけは見えた。
「でも、屋根裏部屋でずっと我慢してきたお前が、ようやく自分の足で歩き出そうとしてるんだ。それを邪魔するなんて、絶対にしたくない。それに、今の俺じゃお前に相応しくねぇし」
「レオン様……」
「だから俺、頑張るからさ……親父みたいに強い侯爵にはなれないかもしれねぇけど、家が落ち着いて、俺自身ももっと成長できたら――迎えに行っていい?」
私は今、何を言われているのだろう。突然すぎて、頭がちっとも動かない。
「レオン様。私……落ちこぼれで頭が悪いので、もっと簡単な言葉で言ってください」
レオン様は大きく息を吸い、私の目を覗き込んだ。あの夜、屋根裏部屋で私に手を差し伸べてくれた、あの優しい目で。
「好きだよ、リタ」
「私も……私も、レオン様が好きです」
レオン様の指が頬に触れる。次の瞬間、温かい両腕に強く抱き締められた。
「……我慢できなくなったら、攫いに行っちゃうかも」
「その時は、ラパンの格好で来てくれますか?」
そう言って、私たちは顔を見合わせて笑った。
fin
本編はこれにて完結です。
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