39.ライバル
馬車に乗って帰路についてすぐ、窓の外に、カーマイン邸の方角へ歩いていくユリウス様の姿を見つけた。私は窓を開けて、声を掛ける。
「レオン様にご用事ですか?」
「ああ、リタ。用事と言うほどのことではありませんが……暇なので、顔でも見に行こうかと」
おそらく嘘だ。予告状が騎士団に届いたのだろう。それで、レオン様の様子を窺いに来たのだ。
私は内心を顔に出さないよう気をつけながら、レオン様は本邸に戻っていることを告げた。
「そうでしたか。無駄足になってしまいましたね」
「騎士団の本部に戻られるのでしたら、馬車でお送りします。よろしければ、乗ってください」
「では、お言葉に甘えます」
ユリウス様を招き入れて、馬車はまた、ゆっくりと動き出した。
「ユリウス様は、レオン様がコラン先生の指導を受けていたことを、ご存じだったのですか?」
「はい。彼は僕のライバルですからね」
「ライバル、ですか?」
おうむ返しに尋ねると、ユリウス様はふっと息を吐くように笑った。
「レオンと初めて会ったのは、彼が六歳、僕が十一歳の時でした。剣の師に引き合わされて、この子と打ち合ってみろと言われたんです。六歳ですよ。馬鹿にされているのかと思いながら挑んだのに、気付けば本気で、彼の太刀を受けていました」
「剣技の才があるとは聞いていましたが、そんなにも幼い頃から……」
「結果は、引き分けでした。僕はこれでも、中央では剣技の天才だと持て囃されていたんですよ。今思えば、師はそんな僕の性根を見透かしていたのでしょうね。五つも年下にコケにされたことが悔しくて、そこからより一層真摯に腕を磨くようになりました。次に打ち合ったのは二年後――やはり、互角でした。その時に彼が魔法も習い始めたと聞いて、僕も始めたんです」
いつも余裕があるように振る舞っているユリウス様に、そんな一面があったことに少なからず驚いた。
「それ以降は一年に一度会うか会わないかでしたが、会えば互いにしのぎを削ってきました。そして会う度にレオンが口にしていたのが、将来は騎士になる、ということです」
「騎士に……」
「だから僕は今、この団服を着ているんです。レオンとなら、高みを目指していけると思ったから。なのに……」
ユリウス様は自嘲気味に笑って、窓の外に視線を移した。
「先に騎士になられたユリウス様は、レオン様を迎えに来られたんですね」
「……あれほど熱望していた騎士の道を捨てて、領主になりたいだなんて、納得できるはずがありません」
「そう……ですね」
レオン様は優しく、正義感の強い方だ。きっと、素晴らしい騎士になっただろう。けれど、その真っ直ぐな正義感は父親の不正を知り、道を逸れてしまったのだ。
「納得できるまで、勧誘を続けるつもりだったんですけどね……」
やがて馬車は、騎士団本部に到着した。馬車を降りたユリウス様が、私を振り返る。
「明日からしばらく、本部を離れます。任務が終わるまでこちらには戻らないのですが、戻ったら一度、お食事でもご一緒しませんか?」
「あ……はい。ぜひ」
「では、それを楽しみに頑張ってきます」
ユリウス様はにこりと笑って、本部へと歩き出した。その背中が遠ざかって行くと、車内で静かに控えていたレーニがぽつりと呟く。
「……これは、旦那様にご報告した方がよろしいのでしょうか」
「ユリウス様は誰にでもあんな感じですし、私をからかっているだけですよ」
それよりも、と私はユリウス様の背中に視線を戻した。ユリウス様の任務地は、きっとカーマイン侯爵の本邸だろう。ここからだと、馬車で半日の距離だ。
私に何ができるのかはわからないけれど、とにかくレオン様に会わなければ。
「……今から、お父様のところへ向かっていただけますか?」
「今から……ですか?」
レーニは、日の傾きかけた空を見上げた。




